あなたを・もっと・知りたくて(後編)


 元親は、すぐに政宗を追った。
 酒を飲んでいた部屋よりもなお暗い寝間は板間に畳が二枚あった。そこに床がひとつだけとられている。
 だが、政宗の姿はない。ここからそこで、どこに消えるというのだろうか。
 おいと呼ぼうとして、元親は後ろから抱きしめられた。
 強い力で羽交い締めに抱きしめてくる腕からは、白檀がわずかに香ってくる。戦に来ていた男に、香の支度があるわけもない。いつもの甘い羅国は、元親のために焚きしめていてくれたのだと、やっと判った。
「…こっち見んな」
 政宗が言った。
 元親より背が低い独眼竜の額が、肩に押しつけられている。
「あんた…俺を抱いて、気持ちいいと思うか?」
 控えめな声に、元親はまわされた腕に手を添えて答えた。
「ああ。最高だぜ」
「…そうか」
 政宗の腕から、少し力が抜けた。指の間や爪を、指の腹でさぐりながら出方をうかがう。
 元親は、政宗を慈しみたい。
 わがままで気まぐれで、間違いなくこの国で一、二を争う物騒な男だ。自分を抱きしめているこの腕が、今までどれほど多くの命を奪ってきたのか聞くのは少し恐ろしい。戦のことは元親も他人に言える筋合いではないが、政宗の暴れ方とはまた違う。独眼竜は容赦しない。
 だが、甘い香を焚き、優しい歌を詠み、紅葉の文を送って来たのも政宗なのだ。
 ひっくるめて、全部まとめて抱きしめたい気持ちなのだ。
 元親の指に焦れたのか、政宗が動いた。
 応えて、視線が交わる位置にずれた体を腕に抱き込み唇を重ねる。さっきは途中でやめてしまった甘く、密度の濃い口付けを再開した。
 と、六爪操る腕力が、元親をぎゅっと抱きしめた。
 肺が潰れる。
 ここで呻けば、男が廃る。
 元親は、ぐっと堪えて片方の手で政宗の頬を撫でた。間近、独眼がすっと和らいだ。
 胸が詰まるような愛しさがこみ上げた。
「…うれしいぜ…マジ、船半分くらい諦めてたんだぜ…?」
「わかりにくい喩えだな」
 意外に生真面目な政宗が、不満そうに言った。それも可愛い。
 戸惑いがちな指が伸ばされて、元親の眼帯に触れた。そっと縁をなぞって、後頭部まで辿っていく。
「…触って、痛くねえか?」
 気遣う声は聞きなれない響きだった。元親の知る限り、伊達家中に眼帯を付けた者はなかった。自分以外の独眼を、元親しか知らないのかもしれない。自然、己の痛みをそこに見たのだろう。
「いいや。あんたは痛むのか?」
 内心どきりとして、元親は政宗の目を覗きこんだ。猫の目に似た瞳孔が、ぐんと大きくなっている。
「たまにな。もうないはずの目玉なのにな」
 聞きながら、元親は政宗の右目の眼帯に恭しく口づけた。
 たまらない。
「あんたの目玉なら、俺が食っちまいたい」
「一つしかないんだ。お断りだね」
 言って、政宗が笑った。楽しそうに声を上げる様子は、年相応に見える。物騒な竜などではない。
「政宗」
 元親は抱きしめていた腕を放して、両方の手のひらで頬を捉えた。そっと包み込んで撫でて、口付けて、笑む。
「あんたの笑うのはいいな」
「…ありがとよ」
 笑み交わし、また深く唇を合わせた。息をするのももどかしいほど、深く深く喰らいあう。
 邪魔な羽織を脱がせ、帯を解いて落とした。裸になれば、奥州も四国も関係ない。ただ、惚れた相手が欲しいという気持ちだけになる。
 もつれ込むように床に転がり互いの熱を感じていると、今までのすれ違いが嘘のように思えた。
 元親は腰を擦りつけるように覆い被さり、耳から首筋に舌を這わせた。その元親の尻に、政宗の手がまわる。
 尻たぶを揉みほぐしながら、手早く下帯をはぎ取られた。引っ張り脱がされた布は、ぽいと適当に放り投げられた。
「気が早いんじゃないか?」
「うるせぇ…。あんたが欲しいって何遍言わせる気だ」
 からかった言葉に、政宗がぎんと視線を険しくした。
 どきんと胸が高く鳴る。
 だが、政宗は本気で焦れているようで、自分の腰を擦り付けて揺らしはじめた。まだ下帯をつけたままの刺激である。布で擦られ、元親のほうが強く煽られるのは仕方がない。ぐんと血の気が集まるのを感じて、元親は政宗の瞼に唇を落とした。
「…好きだ」
 政宗が動きを止めた。驚いた様子で、元親を見上げる。その目の無心さに目が眩みそうになった。
「待ち焦がれたぜ…」
 囁いて、頬を寄せた。すりすりと頬ずりを繰り返すと、政宗が魔物のように低く唸った。
「て、めぇ…」
「なんだよ怒るのか?」
 慌てて顔を上げれば、政宗が目尻を赤くしていた。息もすっかり上がっている。触れた胸に感じる鼓動は、全力で走った後のように速い。
「…苦しいのか?」
 元親は政宗の胸に手のひらをあてた。やはり速い。それも気に入らなかったのだろう。政宗が殺気を感じさせるほどの強い目で元親を睨みつけた。
「あー、もう、そんなのもいい」
 元親は堪えきれず、赤くなった目元に唇を寄せた。
 意外なことに、ふっと独眼が閉じた。
 そして、打ってかわって、生意気な唇から弱々しい声が漏れた。腕が元親にすがるように伸ばされる。
「…も…わかんねぇ…自分がわかんねぇよ……元親よぉ…」
 それは、政宗が元親に初めて見せた弱気だった。
 元親はごくりと喉を鳴らした。
「あんたに、すっかり惚れちまったあ…」
 惑って伸ばされた腕を自分の背に回させて、その首に食らいついた。
 久しぶりに抱く肌だというのに、もう味わう余裕はなかった。下帯を取り払い、体を擦りつけ、触れられるところに全部触れた。
 最後に抱いた時よりも、政宗の肌には矢傷が増えていた。それも癒さんばかりに口づけて舐めまくった。
 政宗は静かに喘ぎ、震えるように愛撫を受けていた。
 その息づかいも何もかも、もう愛しいばかりだ。
 だから思い余ったのは、元親の方が先だった。
「…入れてえ…」
「来いよ、元親ぁ…」
 政宗が甘く返事を返した。
 溶けているくせに、挑む眼差しに脳天が痺れた。元親は、政宗の左足を肩に担ぎ上げた。半端に慣らした肛門に親指を突っ込まれたのが痛かったのか、政宗が腰をひねった。
 肘をつき、半身を起こした上体で、腰から下は元親の目の前だ。指でこね回しながら尻の筋肉を揉みしだくと、そそり立った政宗の陽根が滑りをこぼした。
 それを掬いとり、尻に塗り込め、指を増やした。
「…も、こいよぉ…っ」
 きつく握った拳を床に打ち付け、竜が啼いた。
「まさむねっ…」
 元親は陽根に手を添え、政宗に宛がった。
 ぐいと腰を突き入れる。押し寄せる波のような快感は、突っ込んだからだけではない。

 やっと、政宗と心が通じたのだと、元親は思った。