◆君の朝
目を覚ましたのは、明け方だった。
遠くで人の気配が動いているのを感じ、政宗はゆっくりと目を開けた。夜明け前の薄明かりに見えたのは、単衣をはだけた逞しい胸だった。
そういえばと、考える。
昨晩の大騒ぎのあと、政宗はさっさと寝所に引き上げた。もちろん、元親の寝間である。そこでひっくり返っていたところを、元親があれやこれやと言いながら腕に抱いてくれていた。
しばらく話をしていたはずだが、途中から記憶が怪しい。ということは、元親の腕で眠ってしまったのだろうと思い当たり。
政宗はそのまま凍り付いた。
いくら疲れていたからとはいえ、他人の腕に抱かれて、知らないうちに眠ってしまうなどあり得ない失態である。少なくとも、奥州独眼竜ともあろう男がすることではないと思った。これほど恥ずかしいことがあるだろうか。抱かれてよがり乱れるより、数倍ひどい。
少なくとも、政宗にとってはそうだ。やらかしてしまったと気がついて、かっと頬に血が上った。その途端。
まるで見計らったかのように、そこに大きな手のひらが頬に降るように触れてきた。
「……どうした…?」
寝ぼけた掠れた声で元親が言った。
「何でもねぇ」
とりあえず反射で答えると、元親が笑ったような気がした。
「まだ日は昇ってねぇな」
軽く体を伸ばし、政宗を背から抱き込むように元親が向きを変えた。うなじに元親の吐息を感じる。
ぞくんと体が震えた。
「…仕立屋を呼ぶにも早えよ、政宗」
「おう…」
「風呂にも早い」
「…ああ」
「もうちょっと眠るか?」
脇腹に触れる手のひらの熱に、胸が高く鳴りはじめる。
「もう眠くねぇっていったらどうするよ」
「…願ったり叶ったり」
声には確かに欲情があった。脇腹から腰を撫でた手のひらが、政宗の腿を味わい始めている。尻に押し当てられた布越しの熱は、朝だからという種類のものではない。
「この有様でよう…。お預けだったんだぜ…?」
元親が囁きながら、自然に固さを増していた陽根をくっと握りこんできた。
呻いたついでに、井戸水を被って濡れた下帯を脱いだままだったと思い出した。
「まるっきり、鬼の生殺しよう」
盆の窪から鼻面をつっこみ、襟が抜かれた。帯が緩められたのを、政宗は自分でひっぱり取る。はだけた胸に、後ろから手が伸びた。
そそり立った乳首を転がされると、疼くような感覚が腹の底に沸いてくる。
「これ、脱がせろ」
「おうよ」
手伝わせ、すっかり汗くさい単衣を脱いだ。元親の唇が、縦横に背を這っていく。ちゅ、ちゅ、と吸い付く音に鼓膜までむず痒くなってきた。
堪えきれず、喘ぎが漏れる。
「…もとちかぁ…」
「まさむね、まさむね、」
甘い声で繰り返し呼びながら、愛撫を続ける手は休まない。胸をさぐる手はそのまま、もう片方は腹や筋肉の継ぎ目を辿って動いていく。濡れた陽根が、鼓動にあわせて引き攣れる。
「あ…う、……ぅ」
政宗はぎゅっと目を閉じた。
さっきから感じていた疼きが、だんだんと大きくなってきた。わき出してくる井戸の水のように、どんどんと嵩をましてくる感覚は初めてのものではない。 だが、まだ慣れない。
「…も、とちか…っ」
ぎゅっと握った拳に、元親の手が重なった。
この手を失くしたかと思ったとき、心が凍えた。頭の中が真っ暗闇で、ただもう、殺してやりたいと思った。
後から思えば、嵐のような気持ちだ。世に言う嫉妬が、それほどのものとは政宗は知らなかった。
嫉妬は快楽の波に似ていると、政宗はぼんやり思った。飲み込まれれば、自分ではどうしようもない。
「…波、きたか?」
背に元親の胸が押し当てられた。自分と同じくらい速い鼓動が肺腑を揺らす。
「……少し、だけな」
「つかまえな」
愛撫する指が、一段と丁寧になった。唇が耳たぶを食み、舌が立てる音が鼓膜も犯す。固くしこった乳首を転がされ、政宗は自然に尻を元親に押しつける格好になっていった。
焦れて、腰が揺れる。身悶える。
すでに滾った陽根は、今すぐにでもいけるだけの刺激を欲しがっている。
「…は、やくっ」
思わず、封じていた言葉がこぼれた。
「…楽しめよ、政宗。波乗りだ。こらえるな」
元親が宥めるように耳元で言うが、低い声音にも背がしなる。
無理だと言いたかったが、口を開く余裕もない。もう焦れて、籠もって、自分で抜きたいほどなのだ。
政宗は唇を噛んだ。喉が鳴った。
「ひとりでこんななってんじゃねえんだからな」
元親の手が、再び政宗の陽根に触れた。じゅくじゅくと濡れそぼった茎を、裏筋から雁首へ、元親の指が辿って握る。
包み込んだまま、滑りに任せて扱かれた。
「…う、あっ…あっ」
声を堪えきれない。
「もとちか、あ…もと、ちかっ」
元親自身の熱は尻の間に押しつけられていた。そこにぶつけて擦るように、包み込んだ手のひらを犯すように、政宗は腰を使った。
「…で、るっ…」
震えて、言えた。
親指が、口火を切るように先を擦った。ぐりぐりと小さな穴をこじられ、政宗は勢いよく行き果てた。
ほぼ同刻。
須磨に近い小さな村で宿を取っていた竹中半兵衛は、忍の気配に目を覚ました。
半兵衛は高松城を出てからすぐ、大坂への帰路についた。だが、途中でまた熱が出てしまった。馬に乗っても体を支えきれず、一時しのぎに村の名主に宿を借り、体力の回復を待っていたのだ。
半兵衛の体を蝕む病は、刻々と細い軍師を攻めている。いかな策士といえども、こればかりは食い止めようがない。
「…どうしたんだい」
床に横になったまま、半兵衛は問うた。
「昨夕、毛利が討たれました」
天井裏から姿を現した忍が小さな声で告げた。面白くない知らせである。半兵衛としては、元就に長曾我部元親を討ち果たして貰いたかったのだ。
四国と戦うのが怖い訳ではない。豊臣軍の力は、海賊ごときに劣るものではないと自負がある。ただ、不気味なのは東の伊達なのだ。元親にかまけている間に、背後をつかれてはさすがに面白くない。
「やはり、志のない男はその程度か。長曾我部もやるものだね」
嘲笑を込めて言ったが、忍は首を振った。
「毛利を討ったのは伊達政宗にございます」
「伊達…?」
半兵衛は思わず起きあがった。血の気のない頬からさらに血が引く。伊達政宗が中国を取ったとなれば、最悪の筋書きだ。
「……してやられたね…」
半兵衛は枕元においてあった仮面を取った。ぐずぐずと休んでいる場合ではなくなった。今すぐにでも大坂に戻らねばならない。
「伊達軍の動きを探れ」
厳しい声で告げると、忍が頷いて姿を消した。
「伊達政宗…独眼竜」
半兵衛は呟き、ふらつく体を叱咤して立ち上がった。
書院で文をしたため、元親はふうとため息をついた。宛先は九州の島津である。中身は至極簡単だ。
当分の間、サンデー毛利を預かられたし。
近頃は今まで以上に剣術に打ち込んでいるという噂の島津義弘は、これですべてを悟ってくれることだろう。ザビーに誑かされた過去を共有する者同士の結束である。
元親は元就の身柄を義弘に預けることにした。元就は頭はいいが性格が悪い。嘘をつかないが、すぐに人をひっかける。
恐らく、国人を除けば元親が一番の被害を受けてきたはずだ。音に聞く、武田信玄と上杉謙信のような熱さはないが、満更違っている訳でもない。もちろん、衆道でもない。
だが、殺すには忍びない。
牢には入れていないが、軟禁してある元就にはこんな気持ちは伝わることはないだろう。だがそれでいいと思っていた。
書き終えた書状に封をしていると、廊下をどすどすと渡ってくる足音がした。遠慮という言葉を知らない独眼竜である。
「元親」
珍しく袴をきちんと着けて髪を結い、木太刀を握っている姿はいかにも若武者らしい。 城のあちこちを壊すほど大暴れした夜からこちら、政宗はずっと機嫌よくすごしている。何かふっきれたのだと、元親は思っていた。
「おう、政宗。暴れて来たのか?」
「この間の詫びに、ちょっともんでやったぜ」
「おうおう。そりゃありがとうよ」
楽しそうに笑う政宗を見て、頬が緩むのを止められない。元親は自分の気持ちには逆らわず、諸手を広げた。
政宗は面食らったように目を見開いたが、笑って側に腰を下ろした。
「書状か?」
「おう。元就を島津のおっさんに預けようと思ってよう」
文机に置いた書状を目で示した。
「あいつのやってきたことってのは、人の命を駒扱いするやりくちだ。そんな扱いされてりゃあ、誰だって与えられたことしかできなくなるもんよ。そんなんじゃあ、まとまるもんも無理だ」
「だったら、殺っときゃいいじゃねえか」
戦国を生きる武将なら、政宗の言う方が真っ当である。むしろ、元親の方が珍しい。だが、元親は元親で独眼竜ではない。
「自分で言ってただろ? あいつ自身も駒なんだよ」
ちょっと含んで言った言葉に、元就への憐憫を感じ取ったのか。眉を軽くあげた政宗が言った。
「…Han.あんたに預けたんだ。好きにしろ」
「おう。あんたのようには行かないが、俺の流儀でやる」
元親はにっと笑ってやった。
政宗はやれやれと異国風に肩を竦め。
「束帯ができた。明日発つ」
あっさりそう言った。
「そうか」
政宗が少し側に寄った。手をついて、頬に唇がつくような位置に顔を近づけてくる。
「夕餉は俺が作ってやる。何が食いたい?」
「そうだなぁ…天麩羅、だっけか。あれがいい。旨かった」
「OK,Darling」
笑う政宗の頬に、元親は唇でそっと触れた。