七夕スペシャル!
渡竜最終回!
浪漫飛行(4)



 政宗は元親を許しただろう。
 それはもう、間違いがない。小十郎を見据えた海賊の目は真剣そのもので、心底から政宗を思っているのだと燃えていた。だから通してやったのだ。政宗に伝わらないはずがない。
 きっと、今頃は閨だろう。
 政宗が望むこととは言え、胸の奥底がざわつく小十郎である。喩えるなら、大切に守り育てた野菜が知らないうちに収穫されるような心持ちだ。
 あんなに無骨な大男と褥を共にせずとも、どんな美姫でも美童でも選び放題の天下人であるというのに、元親にいいように喘がされているのだろうか。そう思えば苛々と落ち着かなくなる。
 知らないうちに握りしめていた愛刀黒龍の鞘を撫で、小十郎は深くため息をついた。
 と、だ。
「小十郎っ!」
 かなり慌てた声が聞こえた。寝所の方からだ。
 刀をひっつかんで立ち上がり、小十郎は文字通り跳ぶように政宗のもとに走った。途中の廊下、出くわした主君はあられもない格好をしていた。
 袖を通しただけの着物の下には、下帯さえない。下生えまで見えている。腹は滑りを帯びたものに光り、今まで何をしていたのかは一目瞭然である。
「いかがなされました!」
 応えると、小十郎の腕に飛び込むようにして間を詰めた政宗に、腕を強く掴まれた。顔面蒼白である。
「小十郎、医者だ、医者を呼んでくれっ!」
 十年以上仕えて来た政宗の、これほど焦った様子は初めて見た気がした。
「ちかが、ちかがっ!」
「お気をお鎮めください、政宗様」
 子供の頃に何度もしたように宥め、小十郎は政宗と共に寝所へ行った。とにかく、政宗の着物を整えなくては医者など呼べない。
 そこで小十郎が見たのは、裸で蹲った元親だった。
 どうしたのかと近づけば、政宗が青い顔のまま言った。
「ちかの、千切っちまった…」
「…何を…?」
 と言いかけ、思い当たった。この場でとなると、アレしかない。小十郎は元親の肩を掴んで起こし、股間を覗いた。
 髪よりは濃い色の毛と萎えた陽根がある。十人並の大きさをしたその雁首から先、見事に鬱血して紫色になっていた。相当に痛いだろう。
「…なるほど」
 だがお陰で、この場であったことがありありと想像できた。
 触るぞと一言断り、触れたくもないものを指で持ち上げしみじみ検分してみる。
「い、いてぇっ…ぅ」
 さすがの鬼も局所の痛みにぐずぐずだ。冷や汗で髪まで濡れたらしく、しんなりとしてしまっている。
 余程心配なのだろう。政宗も小十郎の側から元親の股間を覗き込んできた。
「どうだ、小十郎」
「この程度、日が経てば収まりますよ政宗様」
「……そうか…」
 ほっと息をつく政宗に頷いてから、元親をじろりと見た。視線はそのまま、懐から小振りの薬籠を取り出す。中身は奥羽の山の薬草で作った軟膏である。生傷の絶えない政宗のためにいつも懐中しているものだ。
「がっつくからだ。ガキか、あんたは」
「…面目ねぇ…」
 小十郎から薬を受け取り、元親は呻き声混じりのため息をついた。さっき、大見得切っていった男とは思えないほどしょげた様子である。
「政宗様、ともかく着物をお召しください」
「…お、おう」
 同じくらい肩を落とした政宗の着替えを手伝いながら、僅かながらに野菜畑を守れた喜びをしっかりと感じた小十郎だった。



 翌、三日。
 鎮西将軍たるもの、やはり政務には出なくてはならない。
 元親は痛む股間を気にしながらも、自分の割り当てられた仕事をするべく港へと出た。
「アニキ、具合、悪いんですか?」
 可愛い子分のひとりが言った。
 よく見れば、元親の腫れ上がった顔に最初に見舞いの言葉をくれたのと同じ男だ。気の回る性質なのだろう。こういう子分は、丈夫な帆布のように貴重である。
「いやいや、どうってことねえよ」
 無意識に腰がひけているのを正し、元親はけほんとひとつ咳払いをした。
 西海の鬼、鎮西将軍長曾我部元親、海賊である。それがまさか、閨で竜に一物を食われかけたとは言えるはずもない。
 政宗を女のように思ったことは一度もない。思わせる要素の一欠片もない、日本で一番物騒な男であるから当然だろう。が、さすがに久しぶりで暴走してしまったのだ。欲しいと言われ、欲しくてたまらず突っ込んだ。
 解していない尻の穴、しかもあの独眼竜だ。
 この程度で済んで良かったと思うべきだろう。
「あー…そうだ、お前、ちいと用を頼まれてくれねえか」
 元親はついでとばかりに男に言った。
「へえ、何でしょうアニキ!」
「どっかで、黄蜀葵(とろろあおい)の根っこ、手に入れて来てくれや。できれば粉になってるやつがいい」
「そいつはお安い御用でさ」
 男は言うなり、ばたばたと走り出していった。
 そうなのだ。政宗をちゃんと抱くには支度がいる。滑りをよくするものもなくては、今度こそ本当に千切れるかもしれない。
 元親は一人したり顔で頷いた。
「これだけ我慢したんだしよ。あと三日や四日、辛抱できらあ」
 船の骨組みを見上げてにんまり。
 いささか前屈み気味ではあったが、元親は精力的に仕事をこなした。何しろ、いくらでもやることがある。
 船大工達の差配のあとは、水軍の練兵だ。昼からは城に戻って、四国への指示書簡をいくつも出した。鎮西府という、幕政の一部でこの忙しさである。
 中心になる独眼竜の背負う仕事の量は、一体どれほどのものなのだろうかと恐ろしくなった。治世というのは、とてつもないことなのだ。
 今日やるべきことがすべて片付いたのは、日が暮れかかる頃だった。
 元親は久しぶりの二の丸の自分の部屋に戻った。
 広々とした部屋は、確かに正月後にしたままだった。昼間のうちに身の回りの品はここに移させてある。
 もう腹をくくった。ここに住まないでどうしろというのだ。
 元親はさっさと風呂を済ませて、膳を運ばせた。本当なら一緒に夕餉を取りたかったが、政宗はまだ政務で表にいるのだという。
 できることならやってやりたいが、元親に手伝えることならとっくに呼ばれているだろうと思い直して箸を取った。
 何だかとても腹が減っていたのである。
「…あん?」
 見事な器に盛られた膳は、いつも通りの一汁五菜。自ら料理する政宗らしく、小田原城の勝手番は腕がいい。ぐうと鳴る腹をかかえて取った飯碗の飯がいつもと違っていた。
「なんだ、こりゃあ」
 いつもよりずっと大きな椀を手に取り、蓋をあけた。
 と、中にはたっぷりの出汁で炊かれた卵の雑炊が盛られていた。三つ葉がふわりと香り立って、なんとも旨そうだ。
「天下様が、そのようにお出しせよとご指示を」
 給仕をしていた小姓が、畏まってそう言った。
「政宗、殿が?」
 たとえ相手が己の小姓であっても、他人の前では敬称を付ける。それが元親が新たに決めた約束事だ。
「元親様に、滋養を付けるようにとの仰せでございました」
「…滋養、って…」
 元親は思わず笑みを浮かべた。
 政宗と離れると決めてからこちら、ろくな食事をした覚えがないのは確かだ。目方も減っているだろう。
 抱き合って、それに気づいた政宗の心遣いがこの雑炊という訳だ。あれだけの騒ぎのあとで、ちゃんと配慮をしてくれている。
 乱暴に見えて繊細な竜が、まして愛しくたまらなくなる。
 元親は雑炊も膳も全部、丸呑みするように平らげた。


 政宗の部屋まで続く廊下、今日は小舅も座ってはいない。元親は跳ねそうになる足取りをぐっと抑えて急いで渡った。
 周囲の人払いは済んでいるようで、誰とも行き違わなかった。
「政宗」
 障子越し、呼びかければ返事があった。
 すたんとあけて寝所に入り込めば、蚊帳の中、閨の上に政宗は座っていた。
「お、待たせたか?」
「そうでもねえ」
 元親は早速とばかりに政宗の肩を抱き寄せた。ふわりと甘い羅国が香り立つ。それを胸一杯に吸い込むように、鼻面を首筋に押しつけた。
「俺のための香だ…。昨日は、しなかったもんなぁ…」
「あんたが、ほったらかしにするからだろ」
 拗ねたような言い方に、政宗の機嫌がよろしくないのがよくわかる。
「どうした、何かあったか?」
「そいつは俺が聞きたいぜ。あんた…何でそんなに機嫌がいいんだよ」
 頬に手のひらを添わせて顔を自分の方に向かせると、視線がぱちりとぶつかった。蝋燭の灯りに、縦に長い政宗の瞳が揺れて見える。
「雑炊も旨かったし元気も出たぜ。それに、いいもん持ってきたしよ」
 不思議そうに眉を寄せた政宗に、懐に忍ばせてきた小箱を見せた。手のひらにのるくらいの大きさの、螺鈿細工の箱である。
「ねりぎだよ。作ってきた」
 黄蜀葵と立葵の根をすりつぶしたものを丁字油で練ってつくったものである。衆道の交わりには欠かせない。これまでも使ってはいたが、自分で作ったのはさすがの元親も初めてである。
「こいつで慣らそうぜ?」
「お、おう」
 政宗が控えめな笑みで頷いた。目元が僅かに染まった気がしたのは、元親の欲目だろうか。
「けど、あんた、大丈夫なのかよ…?」
 政宗の視線はしっかり股間に向かっている。
「ああ、もう大丈夫だ。昼間はそりゃもう、痛くてたまんなかったけどな」
 そう言いながら袴を緩め、下帯をとき、萎えたままの陽根を取りだし見せてやった。
「おい、紫通り越して黒いじゃねえか!」
「治りかけて変な色なんだよ。右目殿も大丈夫だって言っただろ? 心配すんな」
 元通りに着物を直して、改めて政宗を見つめた。唇を寄せると、顔が僅かに傾いて、合わさるように寄せられる。
 吐息が混じる近さになって、胸が高く鳴った。
「できたら、きっといいぜ。…俺も、あんたも」
 囁く声が甘くなる。政宗は、返事の代わりに唇を押しつけてきた。

 それから、さらに三日ほど。
 鬼と竜とは、人には言えない甘い忍耐の日々を過ごした。

 ようやく巡った七夕が、約束の夜である。
 元親は練り直したねりぎを握りしめ、いそいそと政宗の部屋を訪れた。
「政宗」
 おうと返った返事が余りに近いと思ったが、障子を開ける。そこには政宗が少し焦れた様子で立っていた。
 まるでお出迎えである。
「ば、ばか、急にあけんな!」
「おうおう、悪かったわるかった」
 かあっと首筋まで赤くする独眼竜を、元親はいきなり抱きしめた。そのまま頭ひとつ小さい体を閨へと押し込み、障子を後ろ手にしめる。
 政宗がぎゅっと体を寄せてきた。
「おせぇんだよ、あんた」
 堪えた日々は、丸ごと前戯のようなものである。解され、指を受け入れることができるようになった政宗の熱の籠もり方は、半端なものではないはずだ。
 勿論、元親自身もである。
 まだ少し色が悪いが無事に癒えた陽根が、政宗から香る羅国だけで熱く滾ってくる。
「す、わって、いいか…?」
 腕の中、政宗が小さな声で言った。否やなどあるはずもなく、元親は一緒に腰を下ろした。膝を立てて軽く足を開いた政宗を、背中から抱きしめるような格好になる。
「まさむね、」
 呼べば、しなやかな腕が逆手に伸ばされ、元親の頭を引き寄せた。逆らわず、上がった顎に唇をつける。ぽってりと濡れた唇が、開いて吐息が漏れた。
「ずっと…落ち着かなくて…こんなに気が散ったことはねえよ」
 政宗が切ない声音で呟いた。
「俺もだ、まさむね」
 指の先で首筋から袷を辿り、胸に差し入れる。鼓動ははっきりと大きく速く、肌は相当熱くなっていた。乳首もそそり立っている。確かめて転がすと、膝がぴくんと震えた。
 摘めば、小さな声があがる。いい反応だ。
「おかしくなっちまいそうだ…」
「おう、たまらねえ…」
 言いながら、政宗の寝間着の肩をぐっと剥いた。そこに強く吸い付きながら、自分の着物も脱ぎ捨てた。あっという間に下帯も取り、全裸になってしまう。
「ちかぁ…っ」
 あがった声は、もう喘ぎと言っていいだろう。
 応えて、尻に固くなった自身を擦りつけてやった。ぎんと熱く滾っている。政宗がそれをさらに煽るように尻を揺すってきた。
 溢れた先走りが、政宗の下帯をねっとりと濡らす。その感触に息を飲み最後に残った政宗の下帯も解いてやった。
「…もう、いけるのかよ…?」
 この間の失敗で余程懲りたのだろう。熱い息づかいで政宗が言った。
「おう、もう…たっぷり、三日かかって解して…あんだろ…?」
「…おう」
 政宗が震える腕をついて体を浮かした。そのまま四つに這って顔を伏せる。尻が高く上げられた格好だ。背後から見える陽根は、滴を纏って震えて立っている。
 元親は慌ててねりぎを取った。たっぷり指に絡めて掬えば、丁字油の匂いが蚊帳の内に籠もる。
「あんたのことばっかり、考えてた…」
 まずは中指を突き入れた。油の滑りも借りて、つるりと指が根本まで入り込んだ。鍛錬の成果である。
 政宗は腰を一度振るわせて、小さく呻いた。
「…ど、うだ…?」
 伏せたままの弱い声に、元親は生唾を飲み込んだ。もう限界なのは政宗ばかりではない。
「おう…いけそうだ」
 一旦抜いた指を二本に増やして、にちにちと、内側を広げるように指を使った。夜着を噛みしめる政宗の呻きは、苦痛の声ではない。
 つるんと抜き、元親は自身の陽根にもたっぷりとねりぎを塗りつけた。
「まさむね、まさむね」
 宛がうと、肛門がひくつき迎えるように蠢いた。その微かな刺激にも、元親の鈴口から先走りが溢れ出す。
 がばりと伏せた背に覆い被さり、体重をかけて滾った陽根を政宗に突き入れた。
 ばつんと肌のぶつかる音が響く。
「…ちかぁっ…っ!」
 途端、嬌声。
 政宗の腰が激しく震えて、達したことを元親に教えたがそれどころではない。鞘が刀を飲み込むようにぴたりと吸い付く政宗に、元親もまた放っていたからである。
 繋がった、その瞬間のことである。
 熱い奔流は、まるで津波のようだった。
 有無を言わせぬ悦楽に、竜も鬼も、ただただ身を任せるばかりだ。閨の波は、ひとりでのれるものではない。
「…ぁ…ああ…っ…ちかぁ…」
 絶え絶えの息で政宗が言った。
「…まさむね…」
 元親は軽く腰を揺すって応えた。
 一度放ったくらいでは萎えない陽根はまだしっかりと固い。政宗の腰も揺れ始めた。
「もっと、よこせ…あんたが足りなくて…っさみしかった」
 隙間もなく体を重ね、陽根を飲み込んだままで、政宗が初めて弱音を吐いた。投げ出したままの手に手をあわせ、指を絡めるように握りしめる。
 愛しい、いとしい、堪らない気持ちだ。
「もう、どこにも、いくな…っ」
 言葉の通りに締められて、目の奥に火花が散った。
 愛しさが溢れるというのは、こういうことを言うのだろう。
「どこにも行かねえ…。あんたに、迷惑かけちまうかもしれねえが、側に、いさせてくれよ、俺の、」
 俺の竜。
 元親はもっと奥まで穿つように、政宗を強く抱きしめた。床に押しつけられ、政宗がまた体を強ばらせる。屹立が床に擦られるのだろう。内側もびくんびくんと痙攣して、元親を攻め立てる。
 体中から、汗が噴き出した。
「も、え、ちま、うっ…」
 切れ切れに言う愛しい体は、それこそ熱くて蕩けている。
 ばつん、ばつんと音をさせるように、元親は腰を使った。怒張は大きく張りつめて、灼熱だ。それが自分のせいなのか、政宗のものなのか、もう区別がつかない。
 何か言おうと思ったが、言葉に鳴らず喉がなるばかり。
「な、波がっ…」
 極まって政宗が啼いた。
「一緒に、のろうぜっ……っ」
 もっともっとと擦り合わせ、元親は引き絞られるままにもう一度放った。たっぷりと腰を回して注ぎ込んだのは、本能のなせるところだろう。
 びくんびくんと震える体を抱きしめようとするものの、続けざまの射精に目が回った。血の気が下がって元親は、政宗の横にどうと転がった。
 弾みで抜けて、細かい痙攣をしながら政宗がまた少し放った。
「……ぁ…ああ…っ…」
 忘我のまま、政宗が元親の方を見た。荒い息と眩む視界にしっかりそれを捉え、腕の中に引き寄せ抱きしめる。
 口づけようと顔を寄せれば、声がないまま「ちか」と呼ばれた。
「まさむね」
 じんわりと、柔らかく唇を吸い付けた。
 今なら一刀を握るのもおぼつかないだろうほどに力の抜けた手のひらが、元親の肩を掴んでいる。
「…やっと…あんたが……帰ってきた」
 少し落ち着いた政宗が、口づけの合間にそう言って微笑んだ。
「ああ…戻ったぜ」
 汗で張り付いた前髪を払ってやり、眼帯に唇を寄せて答える。政宗は恍惚とした様子で、目を伏せている。
「政宗、あんたは天下殿で、俺はあんたの配下の鎮西将軍だ。けどよう…その前に、俺はあんたの鬼だ。惚れてんだよ。どうしようもねえくらいによう」
「…ああ。わかってる」
 瞼を持ち上げた政宗の目は、さっきとはまったく違う強い光りを帯びていた。ぎらぎらと輝く眼差しは、元親が大好きなものだ。眩しくて、目がくらむ。
「政の場では特別扱いなんかしねえ。手加減もなしだ。けどな」
 額をこつんとあわせ、政宗が元親の唇を吸った。
「…あんたは俺のもんで、俺はあんたのもんだ。夜は、天下ごと竜を抱けよ」
「まさむねっ…っ」
 ぐっと、堪えきれない熱が目頭に籠もった。つんと鼻の奥が痛み、突き上げられるようになった。溢れ出してやっと、涙なのだと遠くで感じた。
「も、う迷わねえ…っ」
 元親は力一杯政宗を抱きしめ、そう呻いた。後から後から溢れて落ちる涙が格好悪いが、止めることはできなかった。
「当たり前だ。あんたの行く道は俺が照らしてやるんだ。迷うもんかよ」
 背に回された腕の確かさに心底安堵しているのだ。
 元親には政宗が必要だ。
 ぎらぎらと輝く瞳で天下を語り、乱暴で大胆で繊細なこの男なしの自分はもうあり得ない。
 ずっと思い切り鼻を啜り、元親は政宗の背を撫でおろした。
「相変わらず頼もしいぜ…俺の竜は」
 行き着いた腰、その先の尻たぶをきゅっと掴んで揉み込めば、政宗が甘い声で息を飲む。
「閨じゃあ、こんなにかわいいのによう」
「嫌かよ」
「最高だぜ」
 顔を見合わせ、二人で小さく吹き出した。



 朝が来れば、仕事がある。
 まだ裸のままでひっくり返っている元親を閨に残し、政宗はさっさと身支度を調えた。
「政宗様…!」
 私室に姿を見せた小十郎が、挨拶の途中で言葉を飲んで固まった。どこか妙なところがあったかと、さっと自分の羽織を見たがいつも通りである。
「おう、小十郎」
 普通に呼んだつもりが、掠れた声に自分で喉を押さえた。
 閨で喘ぎすぎたと知る。
「……お体の調子は?」
 心持ち赤い顔で小十郎が訊ねてきた。
「大丈夫だ」
 政宗は低い声で答えて、表の書院へと足を運んだ。
 そこにはすでに各地から届いた検分書と触書の草案が山になって、天下人を待ち受けていた。
「…こいつを何とかしなくちゃあな…」
 どすんと腰を下ろすのは避け、そろりと座所に落ち着いた。まだ内側に元親がいるような気がするほどに熱いのだ。うっかり刺激があれば、また火が灯ってまずいことになりそうである。
「…ぅ…ふう」
 漏れた吐息の熱さに自分でぎくりとし、傍らの小十郎を見た。信頼する右目は文机に向かっていたが、耳の先が僅かに赤くなっているのを見逃す政宗ではない。
 主従しかいない小さな書院に、何だか居たたまれない空気が流れた。
 が、じっとしていても始まらない。
 政宗は気を取り直して書簡を広げた。
 広げて、広げて…広げて。
 政宗は一刻ほどがんばった。だが、限界は来る。
 何しろ日が昇るまで交わっていたのである。眠気と疲労で、いくら人並外れた独眼竜でもふらふらだ。目がかすみ、意識が遠のく。
 政宗はついに、筆を放り出して仰向けに転がった。
「政宗様!」
 慌てて膝行り寄ってきた小十郎を見上げる気力もなく、政宗は目を閉じる。
「…小十郎…、半時、…半時したら、お、こせ…」
 ふう、と消える意識の隅っこ。
「…鎮西を…元親を呼んで来いっ!」
 キレて、そう怒鳴る小十郎の声を遠くに聞いた気がした。