翼をください




 鷹狩りに出たいと言い出したのは、もちろん政宗だった。
 平穏が日常になりつつある日々、息抜きに外に出たくなるなという方が間違っている。政宗はまだ若い。血気盛んな年頃だ。奥州者に聞けば、以前はしょっちゅう鷹狩りをしては野山を駆け回っていたらしい。簡単に想像がつく暴れ者ぶりに、元親はついにんまりとした。
 武将たる者、鷹狩りは嗜みのひとつである。
 練兵も兼ねて、諸国で盛んに行われていた。四国でだってそうだ。ただ、元親があまり好きではなかったというだけである。元親は海賊だ。獲物を追うなら狐よりカツオ、猪よりクジラ、鶴よりマグロがいい。
 それでも意中のひとが行きたいというなら話は別だ。
「おう、なら行くか」
 と、元親は気楽に請け負った。
 天下を背負う身とはいえ政宗にも娯楽は必要だ。鎮西将軍であり、非公認天下殿専属癒しと遊び担当将軍としては、見過ごせないところである。世の中が落ち着いたから、練兵ではない楽しみのための鷹狩りだ。悪い話ではない。

 かくしてどうにか日をあわせ、二人揃って鷹狩りに出かけることになった。
 ちなみにこの日のことは、長曾我部元親による将軍家接待として正史に記録にも残されている。

 御狩場は小田原城から少し北に行った山に決めた。本当なら箱根方面まで行きたいところだが、警備やら《竜の右目》の意向やらでかなわなかった。遊び事をするのに揉め事も大人げないから、元親は「安全」「近場」「短期滞在」で場所を選んだわけである。
 幸い、天気にも恵まれた。
 真っ青な空に遠くに富士山も見えていて、己の行いの良さにほれぼれしたくなるほどだった。元親は機嫌よく、政宗の隣に馬をすすめた。さすがに今日ばかりは弩九という訳にもいかない。
 政宗は真新しい陣羽織姿だった。この日のためにあつらえた長羽織は、いつものやつに形は似ているが模様と色とが違っている。濃紺に金糸の縁を取り、背中の月は珍しくも満月である。それを凜と着こなした姿は美々しく、さすがの伊達男ぶりだ。
「いい天気だなあ、天下殿」
 両腕を組んで馬に乗る姿をたっぷり眺めて楽しんでから、元親はそう声をかけた。
「…ぁあ?」
 ぎぃんと強い視線が返ってきた。好天が眩しいのか、瞳孔は線のように細い。眉間に縦皺が刻まれて、平たく言って怖い。不機嫌この上ない。そして不興は、明らかに元親に向けられている。
「んだよ、どうしたんだよ」
 さすがに意外だった。
 昨晩、政宗はこれ以上ないほど機嫌が良かった。騎馬を考え、ひとつになるまではしなかったが、しっかりいちゃいちゃ、閨で絡まりあった。
 そして政宗は眠る前に、元親を蕩かせるような笑みで言ったのだ。
『明日が楽しみだぜ』
 甘く掠れた声が、耳の奥に蘇るくらいである。不興の理由などまったく思い当たらない。
「何か気に入らねえことでもあったってのかよ」
 さすがに元親もむっときて、尋ねてみた。
「あるぜ」
 政宗はHan、と鼻をならして顎をあげた。傲慢な仕草が本当によく似合う男だなあとこっそり感心しながら言葉を待った。
「あんた、ふざけてんだろ」
「おあ?」
 咄嗟にあいまいな返事をしたが、眼光は少しも揺るがない。
「鷹狩りに招待してやるって言ったの、あんただったよな」
「そうだぜ。天気はいいし、普段は水主だけど、勢子もたくさん用意したし、あんたの鷹だって調子いいって言ってたじゃねえか。何の不満があるってんだあ?」
 イライラと答えると、もっと苛立った声があがった。
「Hun、不満だとも! あんた、鷹狩り舐めてんじゃねぇのか!」
 元守役そっくりの言い回しに、元親は目をまん丸に見開いた。
 が、話はとんでもない方向である。政宗はやはり楽しんでいないのだ。それではなんのための鷹狩りかわからないではないか。
「舐めてなんかねえよ。なんでんなこと言うんだよ」
 何となく、唇を尖らせたのが気に障ったのか、政宗の隻眼が稲妻を帯びて燃え上がった。
「あんたがふざけてるからだろうがっ!」
「だから、何がだよ!」
「その鳥さんだ! てめぇ元親っ、鳥さんで鷹狩りができると思ってんのかよっ!」
 戦場で、中奥で、怒鳴り慣れた竜の怒号が小田原の森に響き渡った。その声に驚いたのか、野鳥がばさばさと木立の合間から飛び立っていく。勢子をはじめ、政宗の警護衆も、長曾我部軍も水を打ったように静まりかえって息を潜めた。
 ただひたひたと、人馬の気配だけが森に満ちる。
 長閑な晴天とは裏腹の緊張感だ。
 元親は一瞬ぽかんとして、だがすぐに気を取り直した。
 自分の肩に乗せた、大切な鳥を見やる。航海にもつれていく黄色い大きな鳥は、琉球に行ったときに出くわした南蛮人から譲り受けたものだ。鷹を持っていない元親が、今日の狩りにこの鳥を連れて来るのは当然のことだった。
「鳥さんをそんじょそこらの小鳥と一緒にすんじゃねえぞ! こいつは俺の大事な仲間、なりは小せえが立派な海賊よう。鷹にだって負けねえさ。いや、負けるはずがねえ」
 堂々、そう言い返してやった。
「Shit!」
 政宗は凶悪な顔で馬をぴたりと止め、鷹匠を呼んだ。政宗の馬に付き従って歩行でいた鷹匠は、すぐに鷹を馬上に差し出した。
「OK.……だったら、俺のDeathFangと勝負と行こうじゃねぇか」
 鷹を腕に乗せ、政宗が言った。自分の技の名を付けているのは、可愛がっている証拠である。見事な翼を持つ熊鷹は、奥州からつれてきたものらしい。ぎらぎらとした目の感じが、主に少し似ている。
「勝負ってどうすんだよ」
 元親も並んで馬を止め、自分の鳥さんと政宗の鷹とを見比べた。さすがに正面切って闘うとなれば、いささか不利な気がした。鳥さんは色美しく大きな翼を持っているが、熊鷹ほど鋭い爪はない。
「決まってんだろ。鷹狩りだぜ? どっちがより大きい獲物を捕ってくるかで競う以外どうしようってんだぁ?」
 政宗はまさしくやる気満々である。
 もちろん、受けて立たないわけにはいかない。元親はふんと鼻息を噴き、馬の背でふんぞり返った。
「おもしれえじゃねえか。元々、そのつもりの鷹狩りよう。うちの鳥さんの実力、見せてやるぜ」
 売り言葉と買い言葉である。まるで戦場のように馬上で睨み合ってから、政宗はぷいっと向きを変えた。
「俺は向こうにする。せいぜい、がんばんな」
 鷹を腕にのせたまま肩越し見返り、生意気な口ぶりでこうである。しかも元親が言い返すのも待たずに馬を走らせてどんどんと遠ざかっていってしまった。元から勢子は配置してあるから、元親と政宗が同じ狩場にいる必要はどこにもない。
「あんの野郎っ!」
 仮にも天下人を野郎呼ばわりもないものだが、元親は思わずそう口に出した。元々、負けん気ならいい勝負なのだ。
「おう、野郎ども! 海賊の流儀ってもんを見せてやろうぜ!」
 雄叫びをあげ、元親は馬から飛び降りた。こうなったら苦手な騎馬より絶対に弩九のほうがいいにきまっている。
 元親は政宗の向かったほうとは逆へと進んでいった。

 が。

 少し風にあたってだんだん頭が冷えてくると、せっかく来た気晴らしにどうしてけんかをしているのかという気持ちになってきた。
 楽しそうにしている政宗を愛でるつもりで来たのだ。目の高さを同じにしたほうがいいから、苦手な馬にも乗ってきた。それが全部、台無しである。
 元親は勢子たちの威勢のいい掛声と茂みを打つ音を聴きながら、腕に乗せた鳥さんを見た。
 きゅるんと小首を傾げて元親を見上げてくる鳥は、なんともかわいい。普段は政宗もかわいがってくれている。それが今日に限ってけんかの種になってしまった。やるせないやら切ないやら。山の反対側で暴れているであろう独眼竜を思って、ついため息もでる。
「……まあ、こうなっちまったもんは仕方ねえ」
 いよいよ勢子に追われた獲物たちが飛び出してくる頃合である。ここからは鷹の見せ場だ。飛び出してきた獲物目掛けて突っ込む鳥の勢いは弦を離れた矢の如く、鋭いものである。
 元親は頭につけてある海賊被りの手ぬぐいをきゅっと締めなおしてやって、愛鳥とじっと視線をあわせた。
「いいか、お前も海賊ならわかるはずだ。この山で一番の獲物を獲ってくるんだぜい?」
 嘴をぎちぎち鳴らして応えたのは気のせいか。
 そのときである。
「アニキっ!」
 傍らにいた勢子頭が茂みを指した。飛び出してきたのは雉だった。羽の色からして雌である。
「いってこいっ、鳥さんっ!」
 元親の鋭い声に、黄色い翼があっという間に空高く舞い上がって、消えた。
「……え?」
 そう、消えたのである。大きな翼を羽ばたかせ、鳥さんは山の彼方へと飛んでいってしまった。
 元親も、勢子頭も、周りにいた者すべてが唖然としたのも無理はないだろう。その隙に、追われて飛び出してきた雉は大慌てで違う茂みに逃げ込んでしまった。
「……えーっと、よう」
 思わず左右を見返ると、陸でがんばっていた海賊達が途方にくれた顔で元親を見つめていた。いついかなるときも、船長の指示に従うのが海の男の掟である。
 船長は元親だ。判断するのはアニキである。
 元親はわざとらしく咳払いをして、長槍の柄を持ち直した。
「野郎どもっ! 鳥さんを探しにいくぜっ!」
「……おうーっ!」
 一拍遅れて男達の声があがった。
 元親は陸海賊の群れを率いて、鳥さんが飛んでいったほうへと弩九をとばした。健脚ならぬ健翼な鳥は、相当長く飛ぶことができる。しかも勢いがついていた。どこまで行ったかと思いながら、さっき政宗と別れたあたりまで戻った。
 と、そこで子分の一人と出くわした。ずっと走ってきたのか、息があがって、大汗をかいている。
「あ、アニキっ! アニキ、大変だっ!」
 血相変えた男は、泡を食いながらそう叫んだ。
「鳥さんが、アニキの鳥さんが、竜のアニキを襲ってやすっ!」
「何だってっ!」
 元親は大慌てで男が走ってきた方へと突っ込んだ。まさしく最大戦速である。付いてきているだろう子分たちを振り返りもせず、木をなぎ倒すような勢いだった。
 元親のかわいい鳥さんが、かわいい独眼竜を襲っているなど考えられなかった。もしも万一、事実なら、危ないのは鳥さんだ。いくら海賊鳥だとうそぶいても、竜の逆鱗に触れたら命はない。雷に撃たれたら、あっという間に焼き鳥だ。
 狩場に飛び込むとたしかに。
「Stop! やめろ、よせっ!」
 馬上の政宗に覆いかぶさるように翼を広げ、頭を突きまわしている鳥さんがいた。政宗は両腕で頭をかばうようにしながら、止めろといっているようだったが鳥さんは聴く様子もない。
 周りにいるのは元親の家臣がほとんどである。天下人を襲っているとはいえ、元親のかわいがっている、自分達の仲間の鳥だ。どうしていいのか判断付かず、ただおろおろとして見えた。
「おい、こらっ! やめねぇかっ!」
 元親は弩九を解いて政宗の足元に飛び掛り、馬の上から引きずり下ろすように腕に抱きかかえた。
 そのままがっちり胸に抱きしめ、嘴から守ってやる。興奮していたのか、元親の背中を何度か嘴が突いたが、すぐに収まった。
 鳥は元親の肩にとまり、乱れた翼を納めた。
 ほっとしたのもつかの間、今度は腕の中の政宗が唸りをあげた。
「元親っ! あんたがけしかけたのかっ!」
 腕に抱かれたままだが、政宗は牙むき出しである。さすがにやばいと感じる殺気に、元親も少し慌てた。
「違う違う! んなはずねえだろうが! 怪我はなかったか? 傷は?」
 元親は口付けするときのように政宗の顎を持ち上げ、傷がないかを確認しようとした。と、鳥がまた動いた。
「あっ!」
 元親の肩から政宗の頭へぴょんぴょんと跳ねて、止まったのである。
「いてっ」
 鳥の爪は結構痛い。政宗が顔をしかめたが、鳥さんは誇らしげに小首をぎゅるっと傾げて元親を見た。
 まるで獲物を捕まえた鷹のようなしぐさである。
「……まさか、お前」
 やっとわかった。
「あん…?」
 不機嫌極まりない政宗が、殺気でできた視線をあげた。
「いや、天下殿じゃなくてよ」
 元親は鳥さんを改めてまじまじと見た。
「お前、まさかと思うけど、一番の獲物を捕まえたっていいてえのか?」
 もちろん鳥はなんとも言わない。
「……は?」
 政宗が呆気にとられた顔で、自分の頭の上に手をやった。むんずと翼ごと鳥を掴んだ手は六爪流である。さすがの海賊鳥も逃げられるはずもない。
「ま、待ってくれ、天下殿、罰なら俺が何でもするから、焼き鳥だけは勘弁してやってくれっ!」
「あんたは黙ってな」
 政宗は地響きのような声で言って、元親の腕を肩で払って立ち上がった。もちろん、鳥を掴んだままである。元親は呆然とその場に膝をついた。
「…一番の獲物をとったってか?」
「お、おう、そうなんだ。俺がさっきそう言ったから……」
「俺がその獲物だと……?」
 政宗は黙った。
 鳥はきゅるりとも鳴かずにじっとしているし、元親も他の家臣たちも固唾を呑むしかできなかった。
 上空、政宗の熊鷹が困ったように飛んでいる。
「…OK.おもしれぇ…気に入ったぜ、鳥さん」
 沈黙の後、政宗がそう言った。
「一番の獲物が独眼竜とはおそれいったぜ。確かに間違っちゃねえ」
 政宗は楽しそうな笑い声をあげた。
「褒美を取らせるぜ、な、鳥さん!」
 鳥さんを肩に乗せて、政宗は自分の熊鷹を呼び寄せた。鷹は風を切って舞い降り、政宗の腕に止まった。
「焼き鳥じゃなくてか…?」
 見上げて言うと、政宗が小十郎級に跳ね上がった。
「An? 鳥さんは共食いすんのかよ」
「しねえよ!」
「じゃあ、問題ねぇだろ。褒美は何がいい?」
 政宗はさっきまでの不興をまったく忘れたような上機嫌で、鷹匠に鷹を渡し、鳥さんに話しかけた。
 きゅるんぎゅう、と答えたのはさすがにわかるはずもない。
「しゃべる鳥さんなんだろ? OK,今日は俺の肩を貸してやるぜ」
 政宗は鳥さんにあれこれ言いながら、再び馬上の人になった。成り行きについていけずに見ていた元親には、こうだ。
「あんた、いつまでそこに座り込んでんだよ。日が暮れちまうだろ。早くしねぇと置いてくぞ」
 狩りはこれからなんだぞ、と悪戯小僧のような笑みである。
 もちろん、元親に否やはない。
「お、おう!」
 大慌てで馬を持ってこさせ、元親は再び政宗に並んだ。ちょっとした行き違いはあったが、これが本来、元親が描いていた鷹狩りの姿である。
「……良かったぜ…」
 海の鬼が、ほっと胸をなでおろしたのは竜には秘密である。



 なお、このとき元親の鳥に褒美として三十石取を与えられたと幕府公文書には残されている。鳥類で伊達旗本衆に数えられたのは、後にも先にもこの鳥だけである。


おしまい