【下に行くほど新しいです】
期間:080908〜
◆きらきら
まだ宵の口のことだ。
夕餉を済ませた元親は作りかけの模型を弄りながらのんびりと過ごしていた。一日、普請場で本物の船を造っているくせにとは思うが、それとこれとは別腹だ。芯から好きなんだなと、自分でも少しばかり呆れるだけのことである。
ちなみに、作っているのは人型だ。元親には珍しいが、間近に本多忠勝を見るたびどうしてもアレと似た機構のものを作ってみたいと思うのだ。まずは模型で我慢するかというところである。
と、だ。
廊下を渡ってくる、聞き慣れた足音がした。
「天下様、お渡りにございます!」
先触れの小姓が慌ててやってきて、さっと襖が全部開いた。
「よう、元親。ちぃっといいか?」
現れたのは天下の主、政宗だ。こざっぱりとした小袖に羽織りで、こちらも寛ぎ時だったのが一目でわかった。
「天下殿! おう、もちろんだぜ!」
元親は立ち上がり、政宗を迎えた。さっさと人払いをすると、政宗がにんまりと微笑んだ。
「暇か、って聞くまでもねぇみたいだな」
「おうよ。今、こいつで遊んでたとこだ」
「だったら丁度いいや」
政宗は元親が慌ててどかした模型の木くずを上手く避けて腰を下ろした。速攻、その横に陣取るのは当然である。
「今日は随分ご機嫌だなあ」
鉄面皮、というほどではないが政宗は愛想がよい方ではない。必要とあらばできるが、普段からはしないという方だ。それがにまにましているのは珍しいことだ。
「おうよ。ちぃっといいもんが手に入ってよ。あんた、手出せよ」
「手? こうか?」
言われた通りに手のひらを上にして、両手を差し出した。すると、政宗は懐から絹の小袋を取り出し、中身をそこにぶちまけた。
「おおお?」
金、銀、硝子、玉に石。貝殻や動物の骨を使ったようなものもある。とりあえず、大きさはどれも親指の爪くらいでだ。小袋から次々ころころと転がり出て、元親の大きな手のひらに一杯になった。
「なんだこりゃ? 金具か?」
「まあ、そんなもんだ。Buttonって言って、着物のあわせんとこを止めたりするんだ。南蛮じゃ、紐の類はあんまり使わねぇんだよ。ポルトガル人が持ってきた」
「へえー。綺麗なもんじゃねえか。文箱とかにくっつけても面白そうだ」
ざりざりと音をさせて床に置き、元親はひとつだけ指に取ってみた。深い青をしている石は、あの瑠璃玉に少し似ている。政宗の好きな青だ。
「あんたにやるよ」
元親が手にとって見ているのを眺めていた政宗が、こともなげに言った。
「これ全部か? 天下殿への献上品だろ?」
「だからもう俺のもんだろ。あんたにやったって問題ねぇってわけだ。You see?」
「じゃ、遠慮なく貰うぜ」
元親はにんまりと笑み、ちらかったいくつかの山の中から長めの紐をひっぱりだした。それを足の指に搦めて編んで、青い小粒をしゅっと通して見せた。元親は海賊である。船の上に生きるものなら誰でも、縄のないかたのひとつくらいは知っている。
「どろなわ根付け〜」
おどけて言ってぷらりと。できあがった根付けを見せると、政宗がぱっと目を輝かせた。こういう即興が大好物な殿様なのだ。
「いいねいいね!」
きらきらと輝くように笑う政宗のほうに躙り寄り、元親は腕を羽織りの中へと伸ばした。何事かと見守る縦長の瞳を感じながら帯にぐるぐる紐を通し、ぷらぷらと揺れるようにゆわいつけてやった。青い小粒が腰のあたりでころんと光る。
「おいおい、こいつはあんたにやったんだぜ? 俺につけてどうすんだよ」
「俺が貰ったもんなんだから、あんたにやったっていいだろ?」
「A-han…」
つい今自分が言った言葉をそのまま返され、政宗がくっと目を細くした。
「だったら、あんたはこれなんかどうだい? 守袋にでもつけとけよ」
政宗が示したのは、猫目石のようにみえる小粒だった。
「竜の目玉ってことかい? はっは!」
元親は楽しくなって、さされたものを手に取った。あの守袋につけたら、どれほど加護があることだろうと思うと、勝手に頬が緩んでくる。何しろ中身は竜のアレだ。効き目のほどは実証済みである。
「こっちの泥縄はあんたの目ん玉だ」
政宗が帯にぶらさげたものをこつんと指で弾いていった。
「あんたの目は、空よりは海の青って感じだろ? こいつに似てる」
「そうか?」
にこにこと笑み交わすこの他愛なさこそ、惚れあった証だと思う。元親は子分達には決して見せられないほどにんまりと頬を緩めた。
◆衣裳
西海より 東の方をながむれば
空に舞いたる青き竜
竜鱗の煌めきは
四海遍く照らしわたし
世は事もなく 天下太平
弥栄 弥栄
新年、大名衆の挨拶の席で、鎮西府将軍長曾我部元親がそう謡い、きらびやかに舞った。最早恒例となった年越しの女舞とは違って、男舞である。朗として堂。押し出しも立派な政宗の海賊は、踊りも得意だ。
政宗はにんまりと笑みで受けてやった。それが朝のことだ。
「なぁ、元親」
正月の三が日、行事が続いて天下人は忙しい。それでも夜には体もあいて、やっと一息つけるのだ。政宗は足を崩して脇息にもたれ、傍らで酒を飲んでいる元親を見た。
「ん?」
今年の衣装は西洋風の羽織袴だ。いつものおしゃれ着と似ているが、羽織の裾はもう少し長くなっている。あわせて、葡萄色の天鵞絨のマントも誂えているが、今は着ていない。眼帯も新調の品だ。今年のやつにも金糸で六本爪の竜が縫い取ってある。
「その衣装、いいな。よく似合ってるぜ」
「おう、ありがとな」
元親がくくっと笑って、杯を置いた。
「なぁ、政宗」
ずるっと尻を滑らせて、元親が間を詰めてきた。熱が近くなり、政宗は脇息に半分身を預けるように両肘をついた。
「ん?」
「あんたの衣装、まだ新しいのはあんのか?」
儀式の都度、真新しい装束を身につけるのは将軍としての権威を示すためのものだ。諸侯よりも豪華に、派手に、天下に君臨する竜を知らしめるにはそれがいい。最近は貿易も順調で、小田原には西洋の文物がいろいろと入ってきている。元親が取り入れたのもそういう新しいもので、政宗も西洋式の羽織を一式作らせている。
「あるぜ。とっておきのやつが」
「とっておき? どんなだ?」
海賊だからか、《姫若子》だからか、元親も政宗に負けない洒落者だ。衣装にはあれこれと凝っている。
「A-han…見たいか? ちか」
「見たい!」
元親が杯を置いてふんと鼻息を噴いた。政宗はぺろりと自分の唇を舐め、体を起こして帯に手をかけた。
「まさむね?」
「まぁ、見てなって。こいつはあんたにしか見せるつもりはねぇんだ」
しゅるっと絹が擦れ、帯を解いて前を開いた。膝立ちになり、下帯が見えるくらいにまで開いてやる。と、元親は前屈みに乗り出し、政宗の腰を掴んだ。
視線は下に釘付けだ。
「おおおおっ! こいつは何だ?」
「西洋の下帯だ。おもしれぇだろ? ここんとこ」
褌と同じように紐で結んで使うが、西洋式は左右に紐が別れていること、尻も前も同じ大きさの布で覆われることが違う。それに何より、一番面白いのがコッドピースだ。政宗も初見のときには同じ反応をした。
「こ、これ、中にいれてんの?」
元親が興味津々に見ているのがそれだ。陽根と嚢をしっかり仕舞える袋状のものを、鹿皮で作ってあるのだ。金属で覆うこともあるらしい。西洋の男は余程股間を強調するのが好きなのだろう。
「いれてんの。面白いだろ?」
「面白え…」
元親が舌なめずりして、政宗を見上げた。
「触ってもいいか?」
「いいぜ」
「……俺としちゃあ、中のオタカラにも拝謁してえんだけど…桶か?」
「OKに決まってんだろ」
笑うと元親がそっと手を触れてきた。それだけでじんと嬉しさがこみ上げてくる。こうしてゆっくり夜が過ごせるのは、やはり天下太平だからだ。
「……ちか」
「まさむね…」
下からすくい上げるように唇を狙って来る海賊に任せてやりながら、政宗は喉を鳴らして笑った。
◆ドラゴン金貨顛末1
政宗が天下人となってすぐに行った施策のひとつに、度量衡と通貨単位の統一がある。戦の世といえば、毎日戦ってばかりいたように思われるが、そうではない。領国経営あっての戦、統治が先だ。いずれの君主も金に関する問題は丁寧に取り組んできた。
そこで、天下統一である。政宗は上方で採用されていた度量衡を基本に、後世には小田原法と呼ばれる単位を定めた。金銀の重さを基本に、金銀銭の三貨を用いた勘定法の詳細は別稿に譲るとして。
ともかく、伊達幕府最初の小判を作ろうという頃のことである。
元親が二の丸に戻ると、すぐに政宗の小姓がやってきた。すぐに来いとの伝言である。これは別に珍しいことではない。元親は風呂にも入らずいそいそと、天下人の書院に向かった。
「お召しにより参上」
襖をあけてにっと笑うと、政宗が珍しいほどの笑みで迎えてくれた。
「待ってたぜ、元親」
こっちに来いと手招きされるまま、元親は書院へと入り込んだ。二の丸の書院は城表とは違って、政宗の私的な書斎である。政宗は文机を押しやって、元親を側に座らせた。
「なぁ、元親、こいつをどう思う?」
そう言った政宗が、手のひらにもっていた袱紗を開いて見せてくれた。淡い青の袱紗の中には、丸い小判が一枚、納めてあった。
「新しい小判だ」
「小判? こいつがか?」
元親は政宗の手のひらごと自分の目の高さに引っ張り上げた。袖口からふわりといい香が立ち上り、鼻先をくすぐってくるのがたまらない。
一瞬、にやりと口元に笑みを含みながらも、元親は海賊の目で小判を値踏みした。見たところ、厚みと形は南蛮物に似ているが、唐渡りの鍍金物ではないようだった。墨書はなく、代わりに伊達家の三引両紋が刻まれている。いずれにせよ、小判といえば蛭藻金のような楕円が本来で、丸いものなど例がない。
「ひっくり返してみろよ」
政宗が言うので、元親は素直に小判を手に取り裏返しにしてみた。
そして驚いた。
「何だこりゃあ!」
「まだ試作なんだが、England風に作らせてみた」
自信満々、政宗が目を細くして笑った。
「こいつぁ、あんただろ? あんたの顔だ!」
小判に刻んであったのは、政宗の横顔だった。左側から見た、若き天下人の肖像である。元親も南蛮小判はいくつか見たことがあった。確かに、人の顔や姿が刻まれているものが多かった。が。まさか、それを作ってくるとは思いも寄らない。さすがに奇抜な天下の竜だ。
「こいつはあんたにやるぜ、ちか」
政宗は袱紗ごと小判を元親に押しつけて、にんまりとした。
◆ドラゴン金貨顛末2
二、三日して、元親が白書院に詰めていたときのことである。港で差配したいのを堪え、今治から送られてくる報告と指示待ちに細々と答えていると、先触れの小姓がやってきた。
「鎮西様に申し上げます。ただいま、奥州様がお会いしたいとおっしゃっておられますが、返答は如何申し上げましょう」
「奥州殿が?」
東西両府を預かる長として、元親と小十郎はよく談判はする。が、先に予定を立ててからのことで、準備もなしに小十郎がやってくるというのは常ではないことだ。何か厄介事が起きたのかと、元親は一瞬眉間に皺を寄せた。
「おう、通してくれ。で、すぐに人払いだ」
「畏まりました」
小姓は作法通りに下がり、しばらくして小十郎が姿を見せた。いつも陣羽織を着ていた小十郎も、このところは登城時には羽織袴を身につけるようになってきた。世の中が落ち着いてきた証拠と言えるかもしれない。そういう元親も、港に出るときはともかく、今日は同じように大名らしい羽織を着ている。
「邪魔するぜ」
「おう、まあ、入ってくれ」
書院に迎えて向き合って腰を下ろすと、小十郎が座るなり口を開いた。
「アレはどうした」
「アレ?」
「政宗様から貰っただろう。……小判だ」
「あの丸っこいやつか!」
元親はついにんまりと笑みを浮かべた。新しいもの、珍しいことが大好物の独眼竜が持ってきた、異国風の小判である。政宗の横顔がきれいに刻まれていたものだ。じっくり確かめてみてみれば、鋳型ではなくひとつひとつ丁寧に刻まれた細工物だとわかった。小判というよりは宝飾のような仕事ぶりに、元親はすっかり感心していた。
「そうだ」
小十郎は頷いて、懐から小さな袋を取り出した。渋い色を好んで身に着けている小十郎には珍しい、きらめくような銀糸の袋である。中から出てきたのはもちろん、あの丸い小判だ。政宗から、幾つ作らせたのかはきかなかったが、有力諸侯には配っているはずであるからなんの不思議もない。
「よくできてるよな。こだわり屋の天下殿らしいぜ」
「ああ。政宗様はこういうことがお好きだからな。だが、そこは問題じゃねぇ。あんたのを見せてみろ」
政宗のことになると一瞬だけ頬が柔らかくなる小十郎だが、すぐに真顔に戻ってしまった。
「あん?」
見せてやらないようなものでもない。元親は大切に首から提げた守袋に結わえた根付を見せてやった。丸い小判はどうにもすわりが悪いので、銀で台座を作ってはめ込み、それを根付にしてみたのだ。縁は波を象って作ってあるが、見ようによっては銀竜が小判をぐるりと守っているようにも見える。
「キレイにできただろー?」
自慢の細工である。元親は自分の手のひらに小判をのせたまま、小十郎を見た。どういうわけか、奥州の鬼の眉間にはさっきより深く鋭い皺が刻まれていた。
「……思った通りだ…。こういう小器用な小細工はてめぇが得意なところだからな」
二回も「小」を付けた「小」十郎には悪気はない、と、思われる。が。元親はさすがに口元をひきつらせた。
「んだよ。あんた、文句言いたいのかよ」
「そうじゃねぇ。俺の小判にも細工をしてくれねぇか。懐に袋を入れてるってのは、落としちまいそうでなんとも落ち着かねぇ」
「いいけどよう…。てことは頼みごとだよな、それ」
「ああ」
「だったらよ、もうちょっと物の言い方ってもんがあるんじゃねえの?」
小細工だの何だのというのは、間違っても誉めている言葉ではない。元親はアニキらしいおおらかさでもって、許してやっただけのことである。
「あぁ?」
小十郎が呆れたようにため息をついた。
「思ったより器が小せぇな。やれやれ。あんたもまだまだガキってことか」
「あんたが言うな、あんたが!」
元親はぎーっと歯を剥き出して、小十郎の手から小判をひったくった。
◆ドラゴン金貨顛末3
このところ、天下殿の機嫌がよくないのは近従連中なら誰でもが気がついていることだ。それは元親も聞いていたが、二人きりでいるときにまで仏頂面だとは思っていなかった。
「酒、もっと飲むか?」
酒器をとって見せると、政宗は口をへの字にしたまま杯を差し出してきた。飲むということらしい。気難しいところのある独眼竜だが、元親にまでこういう態度というのは珍しいことだ。
「どうしたよ政宗。嫌なことでもあったか?」
「……おう。気にいらねぇことならあるぜ」
子どものように尖らせた唇を吸ってやりたくなるのをなんとかやり過ごし、元親は話の先を促した。政宗は一瞬ためらったようだったが、不機嫌な低い声でぶつぶつ言い始めた。
「あんた、アレはどうした?」
「アレ?」
「俺がやった丸い小判だ」
「おう! アレか!」
元親は首から吊り下げた守袋を出した。丸い小判は根付にして、ここにしっかりくっつけてあるのだ。中にも外にも独眼竜の、効き目ばっちりのお守りである。
「キレイにできただろー?」
波にも竜にも見える銀の台座におさまった小判は、姫君のかんざしにしてもいいくらいの出来栄えである。元親は自慢半分、政宗に見せた。
「あんた、これ、細工したのか?」
「おうともよ。あんたの顔のくっついてるもんだぜ? 気合も入るってもんだろうがよ」
ふふふんと鼻息を噴いて笑うと、政宗があきれ返ったようなため息で言った。
「ったく、どいつもこいつも……。小十郎も似たようなもん持ってたんだぜ」
「それも俺の仕事。同じなのも芸がねえから、ちょっと意匠は変えてみたけどな」
小十郎が偉そうに頼んできたのはちゃんと受けてやったのだ。ただ、おそろいにするのだけは勘弁願いたかったので、波ではなく、雷の文様に見えるようにしてやった。雷のような気は、奥州双竜どちらもそうだ。さすがの小舅も納得したようで、「手間かけさせたな」と言って茶器を寄越してくれたほどである。
「相変わらず、器用なもんだな。細けぇことするぜ」
細かい細工が好きなくせに、格好付けて竜が言う。元親はにんまりと笑って、生意気な口元から頬のあたりに手のひらを添わせた。
「あんたの顔がくっついてるやつだからよう。こー、凝らずにはいられねえっての?」
「……ったく、どいつもこいつもなんで飾りにしたがんだよ。褒美の小判なんだぜ? おかしいだろうが」
政宗は心底、面白くないようである。
主君から褒美に小判を頂くというのは、臣にとっては誉れである。昔から、金はあっても邪魔になるようなものではないと言うが、まさしくそれだ。この国はどこもかしこも荒れ果てている。普請や商業を興す足しにしろとくれたものだろう。天下の金の半分は、政宗の手にあるのだ。
「あー、それで機嫌が悪ぃのか」
元親は納得して、改めて丸い小判を見た。
「見たことねえ形だし、独眼竜だし、俺でなくてもお宝に見えたってことだろ」
政宗は南蛮ものが大好きであるから、こんな形の小判を作ってみたくなったのだろう。元親が見たことのある南蛮小判にも、確かに人型や城や色んな形がついていた。
「にしても、この横顔、よくできてるよなあ」
政宗の頬にあてた手はそのままで、反対側の手で小判をそっと撫でてみた。細工のできについては、独眼竜も自信たっぷりらしく、やっとにんまりと笑みを浮かべた。
「そいつは奥州の職人に作らせたもんだ。金細工なら、都にも負けねぇぜ」
「腕がいいんだな」
「おうよ」
「だったら、なおさらお宝じゃねえか。小判にしようなんて思って彫っちゃいねえんだよ」
「What?」
きょとんと丸くなった目は、政宗を年相応に見せる。元親は声を立てて笑った。
「大事な大事な筆頭の横顔を丹誠こめて彫り上げちまったってわけだ」
奥州の民に慕われている政宗である。天下にその名を轟かせた『俺らの筆頭』直々の命に、真剣勝負でかかるのは想像に難くない。きっと、元親の子分達も同じようなことをするだろう。
「…小判にゃむかねぇってことか」
珍しいほどがっかりとした様子の政宗に、元親は思わずごくっと唾を飲み込んだ。しおらしい竜を見られるのは、鬼だけの特権である。
「天下殿、その仕事、この鎮西に任せてみねえか?」
「あん?」
頬を撫で回しながら、言葉づかいだけは表向きというちぐはぐさにか、政宗が眉間にこれでもかと皺を立てた。
「あんたの鬼は小細工が得意なんだ。もちろん、相応の褒美はねだるつもりだけどよ」
金の独眼竜の頬をちゅうっと吸いながら、本物の独眼竜を見た。政宗がほどけるように笑顔になった。
「おう、あんたに任せるぜ!」
こちらも言葉だけは勇ましい。
しなだれかかるように預けてくる体をがっちり抱きしめ、元親はやに下がった。
◆ドラゴン金貨顛末4
日常のいろいろなことに忙殺され、政宗がすっかり金貨のことを忘れかけた頃合になったある日、元親が三宝にのせた金貨を持ってきた。
「待たせちまって悪かったなあ」
からから大笑いしながら匠の技を持った海賊が言った。その自信たっぷりな様子に、政宗は思わずにっと笑みを浮かべた。元親がからくりや細工が得意なのは、よくよく知っている。
「どうなったんだよ」
「こうなったんだよ」
元親は手ずから持ってきた三宝にかけた錦を取り払い、ちんまりと鎮座していた黄金色のものを持ち上げた。
何しろ昼間のことであるから、中奥の書院だ。一応、身分の上下のある仲、元親は書院に入ったところに腰を下ろしている。他にも側衆が控えているから、そこそこの距離だ。
「Ah-n,どうなってんだよ。もっと近くで見せろ」
と、政宗の許可がないことには進めない。政をする城表では上下の分を守るというのは、二人で決めたことである。
元親はにんまりとして尻を滑らせ、政宗のすぐ側まで近づいた。同時、政宗が右手をあげて軽く人払いをした。二の丸とは違って次の間から先には追い払えないが、二人きりにはなれた。
「待たせちまったけどよう、いろいろ工夫したんだぜ?」
自分の細工を見せるとき、元親はあきれるほど無邪気な顔をする。自慢そうに小鼻がふくらむあたりが単純で、政宗はついにんまりとした。
「見せてみろよ」
言って手を出すと、元親がもったいぶった仕草で黄金色を政宗の手のひらにのせてくれた。
「こいつは……」
重さは前とほとんど同じで、形も同じく丸い。大判とも小判とも違う円形だ。違うのは表に彫られた図案である。
「竜か」
「左目だけのな」
小判の意匠にするのに、竜も一度は考えてみた。ただ、ぴんとくる形に決まらなかったのと朝廷と揉める火種になりそうな気がしたので、自分の横顔にしてみたのだ。古来、五本爪の竜が帝を現す図案であるのは皆が知っていることである。政宗は帝になりたい訳ではない。
元親が持ってきた竜は横から見た姿で、尾を下にして昇り、三日月のような形に体をしならせて、牙と爪とを見せている。左目しか見えないのは横から見ているからだ。足もそれぞれ左側しか見えていない。大変、Coolな意匠で、政宗はとても気に入った。
「それに六本爪だ」
片方しか見えていない前足の爪が六つあった。政宗がそう言うと、元親は鼻の下を指でこすりながら、いひひと変な声で笑った。
「そこよ、そこ。なんつったって、六爪独眼竜、だろ?」
元親が言うには、大雑把な竜の形を作った鋳型に流し込んで丸小判にし、浮き出た部分に彫金させたのだそうだ。鱗も爪もちゃんと見極められるのはそのためらしい。
「こいつなら、量産もできる」
「たいしたもんじゃねぇか、ちか!」
「おうともよ」
元親は鼻高々の様子で、両手を後ろについて体を伸ばした。
「天下殿の御威光、まさしく天駆ける竜の如し、ってよう。かっこいいだろー?」
小細工が得意な元親らしい繊細な仕上がりは確かに自慢できる品である。政宗がもう一度、竜の彫りに目をやると元親が言った。
「けど、やっぱ、こりゃあお宝になっちまうんだろうなあ」
「あん?」
「だからよう、俺らがいなくなって、あんたの息子とかが天下殿になって政をするようになったら、こういう型でとったもんでもお宝になっちまうだろうなあ、ってことだ」
元親はうっとりした調子で中空を見ている。政宗には見えない何かを想い描いているのだろうと思った。職人気質の連中にはよくあることだが、元親は自分の頭の中にある絵や姿に夢中になれる癖があるのだ。
「そういうもんかね」
「そういうもんだ。あんたの仕事はこっから先、ずっと残ってくんだろうなあってこった」
「残ってもらわなくちゃ困るぜ。戦のねぇ天下の礎だ」
「おうよ。なんかでかいことやってんだな、俺たちゃあよ」
文字通り、夢見心地といった顔で言うものだから、政宗もつい優しい笑みになった。元親が強いことは間違いないが、可愛い男なのである。
「けどよ、ちか。ひとつだけ問題があるぜ?」
「え? 何だよ」
「こいつは左手で六爪ってことは、両手で十二爪ってことになっちまうじゃねぇか?」
そう言うと、夢から醒めた元親がぐぶうと息を飲み込んだ。
「そ、りゃ、……そうだな」
「だろ? ってことで、爪は三つにしておいてくれ。見えないほうの手にもう三つあるんだから、ちゃんと六爪流だ」
そうすれば、朝廷にも申し訳が立って、この丸い小判を幕府として作ることができる。政宗は隻眼をぎゅっと細くして元親を見た。まったくもっていい仕事である。
だが、海賊は少ししょげた様子で、肩を落としている。六爪にこだわりすぎて、単純な勘違いをしてしまったのだから無理もない。
「だから、こいつは俺がもらっておくぜ」
政宗が言うと、元親がしかめっ面をあげた。
「十二爪流じゃ他には出せねえからかよ」
「No.こいつはあんたが考えて、俺のために作ってくれたんだ。だったら……俺のお宝だろ、you see?」 「!」
元親ががばっと音をさせて体を起こし、前のめりに政宗との間を詰めた。
「だったらよう、こいつにもうちょっと細工してやろうか? 根付にできるようによ。どうだ?」
「いいねいいね!」
政宗は声を立てて笑いながら、前かがみになって手をつき、元親に顔を近づけた。軽くちゅっと頬を吸いつけて顔をあげた。ここが限界である。
「続きは夜な」
「ったくよー、たまんねえなあ、俺のすいとはようー」
でれでれ言うのも可愛いものである。政宗は反対側の頬も吸いつけてやって、けたけたと笑った。
◆収穫
「じゃがいもの詩」の続きです
元親が寄越した異国の芋を植えてからしばらく経った。さすがの小十郎も初めての芋である。とりあえず、里芋と同じ要領で育ててみることにして、すぐに驚かされた。
芽が出て、葉が伸び、草丈が育っていき、花が咲くのは同じだが、その速度が里芋の比ではなかった。すくすくと音がするような育ちっぷりは、世話をしていて気持ちがいいほどだった。試しに一株掘り起こしてみると、元のとほぼ同じ大きさの芋が成っていた。
「ざっと三月か」
大したもんだ、と、小十郎は呟いた。声に出しても、御殿内に特別に作らせてもらっている畑では他に聞く者もない。天下人の《右目》である小十郎であるから、ほとんど一人になることはない。近習衆もいれば、警護衆も多い。それを全部置いて、一人きりになれるのは畑仕事の間だけだと言ってもいいくらいなのだ。
考え事をしたり、逆に、何も考えずに過ごす時間を持つことはたいせつなことなのだ。
と、畑を囲う柵の外が騒がしくなった。近習の者達が控えているあたりである。何事かと腰をあげると、政宗の姿が見えた。羽織はなく、奥州に居た頃と同じ、稽古用の袴姿だ。伸びてきた髪が邪魔になったのか、軽く結い上げて、いつもより若く、いや、年相応に見えた。
「おう、小十郎。ちいっと相手しろって言いに来たが……畑仕事だったか」
言いながらひとり、畝を踏まないように近づいて来た。
「お相手はいたしますが、政宗様。それなら小十郎を呼びつければよろしい。ふらふらなさるなといつもあれほど言っているでしょうが」
「ふらふらって、お前、ここは俺の城だろうが」
政宗は子供のようにふくれっ面になり、小十郎の足下にしゃがみこんだ。
「こいつ、見慣れねぇ芋だな」
「はい。鎮西殿から貰ったものです」
小十郎も一緒にしゃがみ、掘ったばかりの芋を見せた。受け取った政宗は、芋を持ち上げて軽く土をこそぎ落とした。
「皮、結構薄いな」
「はい。味はわかりませんが、成りがいい」
そう言いながらもう一株、手近なところを掘った。根にごろごろと、いくつも芋が連れて出てきた。
「しかも、成長が早い。三月ほどで食えるようですな」
「……Han…そいつはいいな」
政宗は真剣な眼差しで少し考え込んだ。
治世を預かる者として、糧食のことは譲れない課題である。奥州は夏の寒さに極端に弱い土地でもあり、飢饉にでもなればそれは悲惨なことになる。増して、今の政宗は日の本全体を治めているのだ。東西南北、どこにいる民も飢えぬようにしたいと願っている。
小十郎は政宗の面を誇らしい気持ちで見守った。
「ここの芋はもう全部いけんのか?」
「今日、収穫してみようと思っておりました」
「OK.じゃあ、手伝うぜ。で、こいつがどんな味か、どうやりゃ食えるのか、俺が試してやる」
政宗が土のついたままも芋をくっと握り、顔を上げた。もちろん、小十郎に異存はない。
「では久しぶりにお手伝いいただきましょうか、政宗様」
「おう、任せろ小十郎!」
力強い言葉に、梵天丸の甲と高かった声が重なった気がして、小十郎はにんまりと笑った。