春ラ!ラ!ラ! 11


 主なしの御座所からも、異変は見て取れた。
 政宗が《前田慶次》として出てきた時点ですでに釘付けになっていたのである。ちょうど対面、武闘会の世話をする役人達の席の奥から、弓を構えた少年が飛び出して来たのだ。わからないはずがない。
 それでも小十郎の動きは速かった。
「政宗様ぁっ!」
 人影だと見えた瞬間、御簾を蹴破り武闘場へと突っ込んでいったのだ。まるでそれを追うように響いた爆発音と爆風に、辺り一面真っ暗になった。砕けた石が礫になって降り注ぐのはもうすぐだ。まずは巻き上がった物や人が降ってくる。
 爆発の規模としては、富嶽の大弾の直撃級か。それこそ遠くから弾を撃ち込まれたのか、爆発物かは区別がつかなかったが、中心は武闘場で間違いない。とすると火事の心配だけはないはずだ。
 そこまで判断すると、元親は武闘場とは反対側へと走った。政宗のことが心配なのは当然だが、小十郎が行った。『竜の右目』が政宗を守れないはずがない。
 だから元親の仕事はこちらの仕切りだ。
 爆発は一度きりだった。誘爆するものもない場所である。濛々と立ち上った煙の中、いよいよ悲鳴が聞こえてきた。
「この場は鎮西将軍長曾我部元親が預かったっ! まずは客をまとめて庭園の方へ出せっ! 誰も城外に出すなっ! 怪我人はあつめて収容しろっ!」
「わ、わかりましたっ!」
 供奉していた家臣群が早速動き出した。戦の世、大将を頂いて戦ってきた武将達である。こういう事態、指示された動きを全うすることには慣れているのだ。
 武闘会場の周りの客席は、侍や町衆で一杯だった。それが混乱して、一度に逃げまどえばそれこそ大惨事になる。まずはそれを食い止めなくてはならない。何より、まだ忍なりなんなりが潜んでいる可能性が高い。元親は自失気味になっていた役人達を叱咤しながら、参加者控え室を目指して走った。徳川家康を捜さなくてはならない。
「鎮西っ! 戦かっ!」
 煙の中、低い起動音とともに甲高い声がした。本多忠勝と一緒にいる家康が、このくらいの爆発でどうこうなるはずがないのだ。
「わからねえっ! とにかく三河殿は白書院に戻っててくれっ! 賊が入り込んでるかもしれねえっ!」
「独眼竜は、天下殿はどうしたっ?」
「無事だ。心配すんな」
 そう言い聞かせたいのは自分にだ。政宗の無事な顔を見ないことには落ち着かないのは元親の方なのだ。それでもとりあえず、家康の無事がわかっただけでもよしとしなくてはならない。
 元親は忠勝に早く行けと促して、控え室から武闘場に出る通路へと出た。そこは爆風の影響を受けていて、なかなかひどく傷んでいた。礫や倒れた柱や幔幕を跳び越え外に出ると、土埃はまったく衰えていなかった。火薬の爆ぜた匂いも漂っていて、久々に嗅ぐ戦の匂いだと思った。
「天下殿っ! 奥州殿っ、どこだっ!」
 襟首に巻いてある当て布を引っ張り出し、口元を覆ってそう叫んだ。
「こっちだっ!」
 聞こえたのは確かに政宗の声だった。


 空中に跳ねた少年が射た矢が、政宗目指して飛んでいく。その金色の軌道を叩ききるべく小十郎は飛んだ。
 その視界の端で、ちかっと赤い火花が散ったのは飛び出した一瞬後のことだった。丁度、武闘場の真ん中あたりだった。それは確かだ。
 だが次に起きた大爆発で、一瞬何も見えなくなった。
「政宗様っ!」
 政宗が立っていたのは武闘場の西側だった。利家と刃を交えていたところだった。東側にはまつといつきがおり、大槌を持っていたいつきという少女が政宗の方へと走り出したのが見えていた。
 熱い風で吹き飛ばされながら、小十郎は必死で体勢を整えて着地した。息も出来ないほどの煙だった。爆ぜた火薬と礫と土で、一寸先も定かではない。
「小十郎っ!」
 政宗の声がした。
「政宗様っ!」
 小十郎は必死で声の方へと進んだ。足下は砕けた石で定まらず、這うようにしなければ進めなかった。だが、火が起きた形跡はなく、幸いだと思った。
 政宗はほぼ最初に目視できていた場所にいた。膝を突き、両手で何かを押さえ込んでいた。それが人だとわかるには、少し近づかなくてはならなかった。ほとんど四つん這いで詰めれば、ようやく主の姿がはっきりと見えた。
「政宗様、お怪我はっ?」
「そんなことよりこいつ、賊だっ」
 言った政宗が、小柄な体を地面に押しつけなおした。
「こいつを頼む。まだ殺すな」
 冷徹な物言いは、戦で見慣れた独眼竜そのものだ。小十郎は安堵のあまりに口元が緩むのを押さえきれなかった。だが、笑っている場合ではない。明かな非常事態だ。小十郎は政宗に変わって小柄なその男を捉えて立ち上がらせた。思った通り、さっき跳んで出た弓遣いの少年だった。爆発に巻き込まれたのか、ぐったりと気を失っているようだ。
「まだ子どもじゃねぇか……」
 苦々しく検分する先、政宗が自分の背後に蹲っている少女を助け起こした。いつきという名の、《前田慶次》の相棒だ。自分の得物の大きな槌を抱くような格好で、尻餅をついている。腰が抜けたか、怪我をしたかだ。
「いつき、大丈夫か?」
「おらは、だ、大丈夫だ。とのさま、殿様は?」
「かすり傷だ。お前がかばってくれたからだろ? 怪我は?」
「…だ、いじょうぶ。田んぼの神様がおらを守ってくれてるだよ」
 政宗の胸に抱きかかえられた格好で、いつきが汚れた顔を擦って笑った。いかにも健気な娘である。言葉からして、奥州者のようだ。
「おい、前田の二人はどうだ? 利家、どこだっ!」
 いつきを抱えたまま、政宗が大声をあげるとすぐに利家が返事をした。
「天下殿、我らふたり、ここにおるー」
 返事の方を見たが、立ちこめた煙で人影しかわからなかった。それでもとにかく無事であるらしい。おそらく、爆発物に一番近いところにいたこの四人が無事であるということは何よりのことだ。火の手が上がらなかった以上、死人は出なくてすむかもしれない。
「天下殿っ! 奥州殿っ、どこだっ!」
 轟くような大音声が煙の向こうから聞こえた。元親だ。
「こっちだっ!」
 政宗が応えて大声を出した。
「みんな無事だっ! それよりまだ賊がいるはずだっ、逃がさないように手配を頼むっ!」
「そっちは済んでる、天下殿っ!」
 元親の声は必死に聞こえた。中身はともあれ、政宗のことを案じているのだけは間違いない。そのくらいは小十郎にもよくわかっている。
「俺もいる、大丈夫だっ! すぐにそっちにお連れするっ」
「お、おうっ!」
 元親の返事は不満そうだったが、納得したようだ。とにかく安全な場所に政宗を連れていかなくてはならない。
 すべてはそれからだ。



 爆発が起きた瞬間は、さすがに何が起きたのかわからなかった。観客席にいた慶次は、だが、すぐに昔のことを思い出した。友の心変わりとそのきっかけになったあの不吉な男のことだ。
 先ほど見たのは、やはり奴だったのだ。
 悲鳴と爆発の風で大混乱になった人垣を大きく跳んで交わし、慶次はとにかく外へと飛び出した。あの男なら、松永弾正久秀ならば、必ず脱出しているはずである。慶次は小猿を懐に隠し、会場を出た。
 やはり、いた。
 城下から来る者達のために開かれていた門の手前だ。白髪の交じった茶筅髷。黒と黄色の羽織。突きだした二本の刀。忘れられない男の後ろ姿だ。
 かっと頭に血が上るのがわかった。
「待てよっ!」
「……おや。わたしのことかね?」
 立ち止まった男は肩越しにわずかに振り返り、そう言った。
「お前の仕業なんだなっ!」
「いやはや驚いた。これほど早く気がつく者がいたとはね」
「うるさいっ! 訊いてんのはこっちだろ! 答えろ松永っ!」
 普段の慶次からは考えられないほど怒りに満ちた声だった。
「ほう。わたしのことを知っているのかね?」
 ゆっくりと向き直った松永は、慶次の顔をまじまじと見た。
「わたしは知らないな」
 松永は余裕たっぷりにそう言うと、背中を向けて歩き出した。それでも慶次は動くこともできなかった。何年も何年も、胸に刺さった毒矢のように痛む記憶の源に知らぬと言われた衝撃は、さっきの爆発の比ではなかった。
「ちょっとした挨拶だ。気にすることはない。独眼竜にもそう伝えておいてくれ」
 そう言う松永を見送る他、何もできなかった。