Go West! 7



 政宗が小十郎、本多忠勝と共に二条館に戻ったのは、翌朝のことだった。
 お宝は持って帰っていいという約束通り、元親は信貴山城の宝物蔵を開けに行ったので別行動である。元親の喜びっぷりから察するに、松永は相当のお宝を持っていたのだろうと思った。
 爆発した大仏殿の火が収まるのを待って、小十郎が松永を探させた。だが、たくさんの死体の見分けはつかず、あの特徴的な太刀の他はわからなかった。
 結局、終わって見れば政宗側の負傷者は、右腕がしばらく使えない慶次と毒にやられて寝込んでいる兵を含めて三十を切る程度で済んだ。一人も亡くさず、上出来といえるだろう。
 戻ってきて体を清めたり、飯を食ったりしていると、あっという間に午の刻を回ってしまった。政宗は小十郎と自分の部屋にいた。
「政宗様。あまり無茶をなさいますな。昨日も間一髪だったではありませんか」
「うるせぇな、小十郎。ちゃんと逃げ出せたんだからいいだろ」
「いいはずありません。まったくあなたときたら、無茶ばかりなさって、心配するこちらの身にもなっていただきたいっ!」
 大得意の決め文句である。これが来ると、あとは小言が滝のように落ちてくるのだ。政宗は耳を掻きながら話の矛先を強引に変えることにした。
「にしてもよ、昨日は驚いたぜ。お前が降ってくるとは思わねぇからなぁ」
 感心したまま口に出すと、これが案外きいた。小十郎は僅かに嬉しそうに口元を綻ばせた。
「本多殿はさすがの武人。義理堅い」
 小十郎達の陸路隊の到着が遅れたのは、忠勝のためだった。山越えの途中で時雨にあい、背中を濡らしてしまった忠勝の調整をしたのだという。ようやくたどり着いた東大寺南大門前で立ち往生していた元親の子分達に話を聞き、小十郎を肩にのせて飛んでくれたらしかった。たしかにせっかく焼け残っている立派な門を、幕府の重臣である小十郎が壊す訳にはいくまい。
 元から忠勝のことは高く評価している小十郎だが、今回のことでさらに一層気に入ったらしい。長い道中で思うところもあったのだろう。
「魔王の嫁さんはどうしてる?」
 新たな問題は捕らえた濃姫のことである。当面は小田原城に置くしかないが、今後のことは悩ましいところだ。
「政宗様達と別れたあと、慶次の腕の手当をしてくれたそうです。見張りは付けてありますが静かなものです」
「そうか」
 政宗の知っている織田信長はまさしく魔王の名に相応しかった。だが濃姫にとっては心底から惚れた相手なのだろう。誰かを心から大切だと思う気持ちは男も女も同じだ。
「……軍神にでも相談すっか」
「いいお考えですな。謙信公ならばきっと良い助言をくれましょう」
 小十郎は昔から、謙信のことを尊敬している節がある。
「なぁ…小十郎。もしもなんだが…」
 信長と濃姫は夫婦であり、主従でもあった。夫の命令を着実にこなした濃姫の武勇は諸国に知られた話である。その濃姫に、目の前の小十郎が何故か重なった。
「政宗様はこの小十郎がお守りいたします。万が一にも小十郎より先に逝かれることはありません」
「小十郎…」
「しかし、今回のような危ないことは二度としないとお約束していただかねばなりませんがな。小十郎がお側にいない間に戦をなさるなど」
 ぐるっと一周して、話が戻って来てしまった。結局、小言のShowerは逃れられない運命か。
 政宗が絶望的な気持ちで天井を仰いだとき、時の氏神が思わぬ方から現れた。
「てんかどのよう〜」
 地を這うような悲しげな声は廊下からだった。
「元親か?」
 声をかけると襖が開いて、戦装束のままの元親ががっくり肩を落として立っていた。意外に色白なアニキの顔色は悪く、幽霊のようだった。
「どうした、元親。信貴山城が取れなかったのか?」
「俺は西海の鬼だぞ……取れたに決まってんだろ。宝物蔵も全部、まるごときれいにいただいてきた」
 元親はふらふらと政宗の側まできて、その場にがくんと腰をおろした。一瞬、建物が揺れたような気がするくらいの音がした。
「じゃあ、どうしたんだ」
 小十郎が苛ついた様子で口を開いた。
「それがよう……お宝が…」
 元親はどうにも煮え切らない。奥州双竜は顔を見合わせた。
「お宝がどうしたんだよ。もったいぶらずに早く言え」
 政宗が見据えて決めつけると、半べその情けない顔で元親が言った。
「全部、壊れてやがったんだよう」
「城攻めんときに壊したのか?」
「違う。ひとつずつ、丁っ寧に、壊してあった。こいつを見てくれ」
 元親が両手にのるほどの桐箱をひとつ出して置いた。いかにもお宝が入っていそうな雰囲気の箱だ。
「茶器か?」
「おう。高麗茶碗だ。開けてみてくれよう」
 政宗は言われるまま、紐を解いて蓋を開けた。
 中には割れた茶碗がひとつ収められていた。茶碗は四つの破片に分かれていて、つなぎ合わせると真ん中辺りに歪な隙間ができた。もう一つ、欠片があったのかもしれない。
 壊れるのは形ある物の定めであり、証である。そこも踏まえて、割れたり欠けたりしたくらいなら、金泥で接いでやることで味わいが増すのも珍しいことではない。
「何だ、こりゃ」
「全部こうなんだぜ」
 元親はもう一つ箱を開けて見せた。こっちは大皿だが、やはり割れており、くっつけあわせると模様がひとつ見えなくなっていた。
「あの野郎、わざと壊しやがったんだ」
「宝物を集めてたんじゃねぇのか?」
 政宗から破片を受け取り、小十郎が不思議そうに言った。
「おうよ。この茶碗なんか俺も欲しかったやつでよう、横取りされちまったもんだったんだぜ?」
 心底気落ちした様子で、元親は大きな背中を丸めている。
「わざわざ取ってきたもんを壊して、そいつを蔵に収めておくなんて何考えてんだかわかんねえよ」
 まったく元親の言う通りである。政宗にもさっぱり理解できないが、しようとも思わない。
「そうがっかりすんなって。んじゃあ、俺が何かやるからよ。何がいい?」
 政宗は不愉快な茶碗の箱を小十郎に手渡し、改めて元親を見た。
「え? 天下殿がくれんのか?」
「おう。独眼竜に二言はねぇ。何がいいんだ?」
「だったら、俺、あいつがいいなあ。玻璃でできてる鳥の置物、あんた、イスパニア人から買ったって言ってたやつだ」
 元親が言っているのは秋に手に入れた置物のことである。イスパニア商人が持ってきたもので、ローマの先のベニスという所で作られた玻璃細工だ。不思議な赤い玻璃はとても固く、珍しい。あまりに美しかったので大枚叩いて買ったのである。
「Ah……まぁいい。OK.祝いにあんたにやる」
「マジでか! ってか、祝いって何の?」
「今治城完成の祝いに決まってんだろ」
 政宗はにっと笑った。
「で、いつ発つ? 元親」
「城、まだカンペキじゃねえって!」
「……政宗様」
 小十郎が怖い顔をさらに険しくして、政宗を見据えた。声の調子も今までとは違って、超がつくほど真剣である。政宗は胸のうちで少なからず動揺したが、顔には出さずに平然と返事した。
「何だよ、小十郎」
「まさか本当に四国にいくおつもりではありますまいな」
「おつもりだぜ」
「何をおっしゃいます、政宗様! このまま今治へ行くなどと!」
「I know.小田原を開けっぱなしになるってんだろ。だからお前は戻れ。濃姫を頼むぜ」
「今治城完成など松永を討ちたいための方便でしょうが! なりません!」
「Ha! 方便でも通ったらtruthになるってもんだ。俺は今治へ行く!」
「政宗様!」
 小十郎が吼えたが、政宗は譲らない。行くと言ったら行くのだ。



 毎日、小田原に向けて文を書くこと。そして、小十郎も毎日、報告を送ること。
 用が済んだら危ないことはせず、さっさと帰ってくること。
 この三点を条件に、政宗は今治行きを小十郎から勝ち取った。
 日和を見て京を出て、政宗は元親と一緒に堺の港に戻った。将軍座船の印も仰々しい海賊船が待っていてくれた。
「で、堺からどんくらいで着くんだ? 今治っていやぁ、厳島の近くじゃねぇの?」
「へぇ、竜のアニキ。風がよけりゃあ三日もかかりませんぜ」
 水先案内の子分に聞いて、政宗はなるほどそうかと頷いた。
「船旅、気に入ってくれたんだな」
 元親が困ったような顔で言うので、政宗はふんと鼻を鳴らした。
「悪ぃかよ」
「悪かねえよ。嬉しいに決まってんだろ。酒も魚も旨くてよ、四国はいいとこだぜ」
 政宗はおうよと頷いてやって、つかつかと操舵室の真ん前に立った。元親が好んで船を眺めている場所である。甲板には少しの伊達者が混じってはいるが、元親の可愛い子分達が勢揃いである。揃いの鉢巻は漕ぎ手だろう。いずれも頼もしい海の男達だ。
「目指すは鬼ヶ島の新しい城だ! 野郎ども、Here we go!」
 政宗の掛け声に、皆が「Yes,sir!」と野太い声で答えた。久しぶりに四国に戻れるとあって、やる気は津波のような激しさである。
「ってうおい! それじゃあ、攻め込むみてえじゃねえかよおー!」
 元親の遠吠えは、潮風が散らして西へと運んだ。
 こうして天下を平らげた独眼竜は、将軍宣下後初めて西国の土を踏むことになったのだった。



おしまい。
そして今治へ