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■暑気払い


 ある夏のことである。
 寒いのは苦手な西海の鬼は、暑いほうにはそこそこ強い。むしろいきいきとするほどだ。
 が、北国育ちの面々はそうもいかない。奥州の夏でもぐっと暑くなる日はあるらしいが、夜まで暑いままということは滅多にないのだという。
 頑丈が着物を着ている小十郎も不機嫌が続いているし、政宗に至っては、食事も無理やり飲み込んでいるような具合である。夜もよく眠れていないらしく、寝返りばかりうっている。
 どちらも弱音をはかないのは見上げたものだが、傍目、かわいそうになってきた。
「なんかこー、ぱーっと暑気払いになるようなもん、ねえもんかね」
 海から吹く風で涼みながら、元親は言った。
 船普請場も夏場の真昼は働くのにきつい。なので夏の盛りには早めに作業に入るかわりに、お天道様がぎらぎら眩しい午の刻頃に長めの休みを取ることになっている。元親も日陰で涼みながら、比較的冷えた井戸の水をぎゅっと飲んだ。
「枇杷の葉なんかどうなんすかね」
 いつも馴染みの子分が言った。普請場では側周りをしてくれている男である。
「みりんを枇杷の葉を煎じたやつで割って飲むといいって言うじゃねえですかい?」
「おう…? ああ、柳陰(やなぎかげ)ってヤツか。なるほど、そいつはいいな」
 古来、枇杷の葉には体を冷やす効き目があるとされ、葉を煎じて飲むのが倣いだ。そのまま飲んでももちろんいいが、甘いみりんと混ぜたものを柳陰というのだ。枇杷は温暖な四国や九州では馴染み深い植物であるが、奥州ではどうなのだろうか。
「うっし。土佐から送らせるか」
 元親はにんまりとして、いつも役に立つ男の肩をばんと叩いて労った。


 それから数日経った。
 宵から夜へと移り変わる頃合いには、庭の篝火が闇夜に栄える。炎に飛び込む蛾が散るのも一興。傍らには政宗がいる。元親はきゅっと杯を干し、ちらりと視線を隣にやった。
 寛いだ様子の政宗の横顔が好きだと思う。
 政に吼えているのもいい。戦に滾っているのもいい。閨で艶めく姿もいい。要するに、どんな独眼竜も可愛いと思う。
「…なあ、天下殿」
 襖も障子も開け放った部屋であるから、小姓も警護の衆も近い。他の者の目があるここでは、政宗と呼ぶことはできない。そう決めたのは他でもない元親自身だ。
「ん…?」
 政宗が流すような視線を寄越した。鋭い眦、琥珀色にも見える瞳に篝火が輝いているのはいつもの通りでも少しやつれた印象なのは、夜の眠りが浅いせいだろう。さすがの竜も寝不足には勝てない。
「こいつも飲んでみねえか?」
 別に用意させていた酒器をひっぱり寄せて、元親は政宗に勧めた。ぎりぎりまで井戸で冷やさせておいただけあって、酒器は少し汗をかいていた。
「暑気払いにいい酒だ」
 そう言って注いでやると、政宗は元親を見ながら一口含んだ。
「Uh……。甘い」
「嫌いか?」
「…いや、冷えてて旨い。みりんか?」
「それに、こいつだ」
 元親は盆に添えておいた枇杷の枝を政宗に見せた。葉には実もいくつか残っている。傷まないうちに運んでくることができたのは、元親の海賊達だからこその早業だ。
「四国からわざわざ持ってこさせたのか」
 枝を受け取り、政宗が目を丸くした。おうよと応え、元親も手酌で注いでぎゅっと飲んだ。甘いがすっきりと染み渡る。いかにも暑気払いに相応しい味だ。
「小田原でも植えてみりゃいいかもな。ここならきっと育つぜ?」
 政宗が嬉しそうに笑ってそう言った。














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